イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

Ca' d'Oro[カ・ドーロ、黄金の館](2)

(カ・ドーロ続き)
また別のR. ルッソ著『ヴェネツィアの館』(1998)は、次のような事を語っています。
ヴェネツィアの邸館「共和国時代、総督宮殿(Palazzo ducale)はパラッツォという称号で飾ることの出来る唯一のものだった。貴族達は自分達の邸宅を casa(カーザ=家)とか、略して ca'(カ)と呼び、その後に一家の名前を従えた。それ故カ・ドーロは一家の名前がドーロだったのか。否、このあだ名はファサードを飾る、素晴らしい金箔に由来する。

カ・ドーロはサン・マルコ財務官マリーノ・コンタリーニによって盛期ゴシック様式で、1422~40年に建てられた。彼は当時ヴェーネト・ビザンティン様式の建物が建っていた地所を、1412年に購入した。そして1431年ズアーネ・ダ・フランザ(Zuane da Franza)と呼ばれた仏人画家ジャン・シャルリエ(Jean Charlier)と、多色大理石に輝き、金箔を追加するという契約を結んだ。

狭間胸壁の石材、両隅の柱頭のライオンの彫像、窓上部の入り組んだアーチの飾り等、全てが金箔で覆われた。

色々の所有者の手を経て、カ・ドーロはロシアのアレクサンデル・トゥルベツコイ(Alexandre Troubetzkoi)公が獲得した。そして当時最も賞賛されたスター、卓越した踊り手マリーア・タッリォーニへの贈り物にした。

トゥルベツコイ公がカ・ドーロを彼女への贈り物にしたのは、苛酷で厳しい専制君主であったニコライ(Nicola)1世が、彼に自由主義者としてシベリア送りの刑を科したことから、彼女が救ってくれたことに感謝してのことだった。この独裁者はマリーア・タッリォーニの、あまりの魅力に堪えることが出来なかったのである。

当時この建物は、悲しむべき状態にあった。当時のこの建物についての評価資料によれば、バルコニーには戸もガラス戸も全然なく、雨水が吹き込み放題だった。イタリアにおけるオーストリア帝国軍最高司令長官ラデツキー伯は、ヴェネツィア滞在時、躊躇なく彼女宅を訪れたが、この著名な踊り手は、大運河に面した歴史的建物の収集家だった。即ち、サンタポナールのブゼネッロ館、サン・サムエーレのロンゲーナ作ジュスティニアーン・ロリーン館、サンタンジェロのコドゥッシ作エレガントなコルネール-スピネッリ館を所持していた。

カ・ドーロを修復しようと、彼女は建築技術者ジョヴァンニ・バッティスタ・メドゥーナの所に赴いた。ジョン・ラスキンが見て唖然としているのは、著書『ヴェネツィアの石』の中で暗示的に書かれている。メドゥーナは床を破壊し、壁柱や枠組みを粉々にし、大理石、石材、柱頭を持ち去ったのである――彼を直ぐにでも法廷に呼び出さなければならない、許し難いことなのである。

1894年カ・ドーロを、音楽家であり、コレクターであったジョルジョ・フランケッティが獲得した。ヴェネツィア市にこれを渡す前、館の修復に着手した。フランケッティ男爵の遺灰は中庭の円筒の斑岩の柱の中に納められており、中庭には1427~28年バルトロメーオ・ボン作の有名な赤大理石の井桁もある。それをガブリエーレ・ダンヌンツィオは《il gran pozzo rossigno(赤茶けた大井戸)》と呼んだ。

1927年に開場して一般に供され、実際館は絵画や芸術作品の一大コレクションである。アンドレーア・マンテーニャの『聖セバスティアヌス』やピザネッロ、ジェンティーレ・ベッリーニ、ヴィットーレ・カルパッチョの作品を鑑賞出来る。言っておかなければならないのは、1508年ドイツ人商館(Fontego dei Tedeschi)のファサードにジョルジョーネとティツィアーノが描いたフレスコ画による装飾の断片がある事である。」
  1. 2015/03/05(木) 00:02:17|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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