イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: モロジーニ・サグレード館(2)

(続き)
「モロズィーニ家の最初の総督はドメーニコで、1148年に選出された。マリーノは1249年選出、1253年死去したが、平和を愛し、外交手腕は抜群だった。彼はリアルト橋を木で作った。サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーオロ教会に葬られた。
モロジーニ・サグレード館ミケーレはキオッジャ戦争時代、自分の資金で共和国を支え、和平交渉を成功させたが、総督に選出されたのは1382年のことだった。その4ヶ月後ペストで死亡、サン・マルコ寺院に葬られた。

しかしながら中でも最も有名で知られた人物はフランチェスコ(1618~94)だろう。謂わば、貴族としてガレー船で18歳から船員としてのキャリアを積み、数年にして1657年には海のキャプテンとして最高位を得るまで、経験を積んだ。

この間、オリエントの海で活動し、22年間行方知れずとなり、43歳という壮年でヴェネツィアに帰還した。そして偉大なる艦隊司令長官ラッザロ・モチェニーゴが亡くなると、セレニッスィマは彼を四半世紀続く苛酷なカンディア戦争の、対トルコの立役者に任命した。

命令は何としてでも街を守護するというものだった。フランチェスコは激烈な攻撃に18ヶ月、英雄的に踏ん張った。結局部下と住民との生き残った4000人の命と引き替えになるのは、降伏以外に手立てがないことが分かると、無駄な犠牲は許すべきでないと考え、トルコ軍の要求を受け入れた。

皆の目前には恐ろしいばかりの敵軍がおり、彼らを殲滅しようとしており、その降伏の代わりにモルダヴィアやヴァラッキアの王冠を与える約束は激烈に拒絶された、等々あった。

フランチェスコの要求は生存者の命だった。彼は1669年8月27日捕まった。ファマグスタ(伊語Famagosta)で前世紀起きたこととは反対に、トルコ軍は約束を守った。その地を失った失望は別にしても、大評議会は司令官が元老院の許可を得る前に、降伏条約を結んだことが気に入らず、彼の行動を厳しく調査検討した。しかし結局あらゆる非難から完全に解放されたのだった。

更に1684年トルコと戦うために神聖同盟を再度組織し、彼に再びオリエントでの行動命令が下された。彼は色々な要塞、最終的にはペロポネソス半島(Peloponneso)全域を征服した。その事がペロポネソスという称号を彼に与えることになった(前代未聞のこと)。生存中元老院は"Francisco Mauroceno Peloponnesiaco adhuc Viventi Senatus"という文言を添えた胸像を献呈した(それは現在コッレール美術館にある)。

また1688年総督マルカントーニオ・ジュスティニアーンが亡くなった時、未だに作戦区域で活躍中でありながら、最高職に選出された。数年後、齢75歳にしてトルコの脅威を取り除くために、再度海へ出掛けなければならなかった。翌年(1694年) Nauplia で勇敢に亡くなった。 [Nauplia(ナーウプリア)=ギリシア南部のナフプリオン]

彼はサント・ステーファノ教会に葬られた。ヴェネツィアでは最大の墓石盤の下で彼は眠っている。モロズィーニ家はカヴァリエーレ(騎士位)を名乗ることを許された、少ない家系の一家であることを思い起こそう。この一家はセレニッスィマの財産と安全のために、他の貴族達同様に、非常に沢山の血を捧げたのである。」 ――(3に続く)
[〝サン・マルコの騎士″を名乗ることを許されたのは元来、コンタリーニ、クェリーニ、モロズィーニの3家だそうです]
 ――E.&W.エレオドーリ著『大運河』(1993)より
  1. 2015/04/02(木) 00:05:47|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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