イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィア・レース・ガラス

昨日、八王子市郷土資料館で、ヴェネツィア・レース・ガラスの出土破片とその復元作品の展示があるというので見学に行ってきました。その中身は次の新聞の切り抜き等をご覧下さい。復元ガラス器の展示は~4月29日までです。
読売新聞記事郷土資料館資料1郷土資料館資料2レースガラス器潮工房作品右端は潮工房により、当時のムラーノの技法により復元された作品。潮工房についてはガラス工芸のサイトでどうぞ。

2011.07.30日のブログ言葉・名前でも触れましたが、八王子のレース・ガラスの展示はサントリー美術館の『ヴェネツィア・ガラス展』でもありました。

私の住む八王子とヴェネツィアとの関連と言えば、八王子の料亭、うかい鳥山の手になる、箱根のガラスの森美術館(今年もカーニヴァル期間中、ガラスを見に行きました)とか、富士美術館には珍しくビアンカ・カッペッロの肖像画があります。
ビアンカ・カッペッロとは、ヴェネツィア貴族の娘で、将来トスカーナ大公フランチェスコ大公妃となり、1585年天正の四少年遣欧使節がイタリアに上陸した時、ピーザの城での歓迎レセプションで伊東マンショとダンスを踊った公妃です。

北条氏照の八王子城の落城は1590年、ヴェネツィアから沢山のガラス器等のお土産を頂戴して、天正の四少年遣欧使節が帰国したのは1592年ですから、北条氏照のガラス器と天正少年遣欧使節の物とは重なりません。

ヴェネツィアのインクラービリ慈善院に、イエズス会の創立者となるイグナティウス・デ・ロヨラらがエルサレムへの巡礼行のための便船待ちで宿泊していたことは知られているようです。その年は便がなく諦めたそうですが、結局同会士シャビエル(旧ザビエル)らは東洋・日本へと向かうことになりました。イエズス会のパードレ達がヴェネツィアでレース・ガラスを見たことは当然有り得たことですから、そういう日本への渡来ルートも考えられます。

潮工房さんは、本年09.19~11.29日ヴェネツィアのカ・ペーザロ館の上階にある東洋美術館において、ヴェネツィアの技法によるガラス作品を展示されるそうです。
この館は下が近代美術館で上の階が東洋美術館となっていますが、それは民俗学者で大旅行家だったエンリーコ・ディ・ボルボーネ=パルマによって収集されたコレクションで、この種の美術館としてはヨーロッパ随一と言われているようです。1階の売店には東洋美術館がある故か、谷崎潤一郎から村上春樹まで日本文学の翻訳本が数多く集められています。

ヴェネツィアの街を歩いていると日本の骨董品から茶道具までの専門店を結構見掛けます。ヴェネツィアの中の日本!
  1. 2015/04/11(土) 17:30:54|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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