イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――和辻哲郎

『世界紀行文學全集5 イタリア』(修道社、昭和四十六年九月三十日)の最後に、和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』(要書房、昭和二五年四月)が納められています。その中から、ヴェネツィアに関わるものを次に拾い出してみます。
世界紀行文学全集「ホテルはサン・マルコの広場に近いボンヴェキアティという家であった。運河沿いに二町ほど歩いて、賑やかな通りを一寸抜けると、すぐサン・マルコの広場の西の端に出る。広場は石で敷きつめてあるが、その上へ鳩が下りて来て、餌をくれる子供たちのまわりに集まっている。

その広場の向こうの端に、恐ろしく賑やかな姿をしたサン・マルコのお堂が、広場におっかぶさるように聳えているのである。その印象はいかにもヴェネチア独特で、同じイタリアの国内ではあるが、やっぱりヴェネチアという独立の国へ来たような気持を起させる。

そのすぐ南側にはパラッツォ・ドゥカーレ(ドージの館)があるが、この建物がやはりヴェネチアの町の歴史を一挙にして思い起させるような、ヴェネチア独特のものである。その中を見物するだけでも一日ではすまなかった。

最初二三日はそういうところを愉快に見物して廻ったのであるが、多分四月の二日か三日の頃に、昼食にホテルへ帰って食卓に向うと、まるで食欲の起らないのに気づいた。

ホテルへ帰る途中では、今日もまたヴェネチア名物の魚のフライを食おうと、幾分楽しみにさえしていたのであるし、食卓についてからもそういう気分でいたのであるが、最初スープを飲み始めると、何となく胸がつかえるようで、あとを口に入れる気がしない。やがてフライが出ても、頭ではうまい筈だと思うのであるが、どうしても、手をつける気持が起って来ない。

結局、皿と睨らめっくらをした末に、残念ながらそのまま下げて貰う。どうも変だ、そんな筈はないが、と思って、室に帰って念のために熱を量って見ると、七度五、六分ほど熱が出ている。どうも風邪をひいたらしい。今のうちに癒して了おう、というわけで、その日はアスピリンを飲んで寝てしまった。夕食も抜いたように思う。

翌朝眼を醒ましてみると、気持はさっぱりしている。熱もない。朝食はうまかった。もうこれで風邪は防げたらしいと安心して、午前中はまた見物に廻った。ところが、昼の食卓について見ると、昨日と同じ現象がまた起って来たのである。

昨日は昼と夜とを抜いたのであるから、今日は少し栄養を取って置かなくては、と考えるのであるが、何としても食物を口に入れる気がしない。ただ僅かに水が喉を通るだけである。さては、朝熱がなかったのは、アスピリンのせいであった。風邪はまだ退散しないのだ、と思って、この日もまた午後は床についた。 ……」
  1. 2015/11/19(木) 00:05:44|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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