イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

書籍『ヴェネツィアの放浪教師』(5)

(続き)
「……ヴェネツィアの社会構造を考えるうえで第一に留意しておかなければならないことは、ヴェネツィアの貴族層が他の国のような封建領土に基づいた土地貴族ではなく、商業上の利益を背景として法的権利を獲得した特権階級であって、参政権をはじめとする諸権利を含む完全市民権を有する商人貴族であったことである。
『ヴェネツィアの放浪教師』したがって本来、彼らは子弟の教育を基礎教育の後は商業実務に携わることによっておこなっていた。ところが、大評議会をはじめとするすべての政治機構を独占し、これらの公務に参加することが彼らの義務でもあり、またステイタス・シンボルともなっていた。そこで、政治的な公務を遂行するためには、商人的な実務教育以外の教育が必要となったのである。

ことに、一五世紀前半にヴェネツィアは、イタリア本土への内陸侵攻策を進めて、ミラノ近郊のベルガモ付近まで領土を拡大した。こうして、新たに獲得した内陸部の領土を統治する人材の養成が国家としても必要になっていた。従来も、国政や海外領土の統治の専門家を必要としたとはいえ、海上交易によって富を蓄積したヴェネツィアにとっても最も必要な人材は海事外交専門家であったといってよい。

しかし、一五世紀になってからは、この海事外交専門家に加えて、彼らとは性格の違った内陸領土の統治専門家の必要性が増大した。いうまでもなく、海事や外交と違って内陸部の支配都市の統治は、ローマ法に基づく市民法と、その影響を受けた教会法などを社会的基盤とした都市社会を統治するということに他ならない。そのための法学の知識を、当時の支配者層であった貴族層は必要としたのである。

貴族たちが強い法学部指向を示したのは、このためであった。彼らは、国政に参加してヴェネツィアの舵取りをする必要があり、そのためには法学の知識が不可欠であった。とりわけ、貴族の中でも富裕な者ほど法学に集中していたのは、富裕な貴族であればあるほど切実に法学の知識を必要としたためである。

貴族が独占した職務は、大評議会を基礎とした元老院や各種委員会組織の職務以外に、領土下の行政職として、各国大使、支配下の各都市のポデスタなどがあり、それぞれの都市の重要度に従って序列化され、貴族の富裕度に応じて割り当てられていた。つまり、富裕な貴族ほどより重要な職務を担当しなければならなかったのである。そのために、富裕な貴族ほど強い法学部指向を持ったのであった。 ……」 (6に続く)
  1. 2016/01/21(木) 00:02:29|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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