イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

書籍「ヴェネツィアの放浪教師」(6) 

(続き)
「……パドヴァ大学は、一二二二年にボローニャから学生と教師が移住したことによって成立した。一三世紀中葉にはパドヴァの町が僭主性専制下におかれ、大学も低迷していたが、一四世紀にはパドヴァの実権を掌握したカッラーラ家の庇護の下で著しい発展を遂げ、ボローニャと並び称されるほどの大学になっていた。
『ヴェネツィアの放浪教師』ヴぇネツィアは、一四〇五年にパドヴァの町を征服してからは、この大学をヴェネツィア共和国唯一の大学と位置づけて、重要な教育的機能を担わせることになる。
……
一四〇五年にパドヴァを征服したヴェネツィアは、パドヴァ側の要請に応えて、《パドヴァのコムーネの規約と良き習慣を遵守し、……大学が確保されること》を保証した。そして、翌年の一四〇六年四月には、《すべての学部が有能にして充分な教授を持っているか、大学の発展と拡張のためにどの程度必要なものがあるか》を視察するための政府調査団を派遣する。

この大学整備を目的とする視察の根底には、パドヴァ大学の経済的有用性にたいする評価、すなわち、大学の発展がヴェネツィアに新しい利益をもたらすという認識があった。多数の学生たちが市内商業において無視できない消費者グループを形成していたことに加えて、ドイツ人などさまざまな遠隔地の出身者は、ヴェネツィア商業にとって交易を拡大する機会を提供すると考えられたのである。いわば、政治的動機によってカッラーラ家が保護育成したパドヴァ大学は、一五世紀以降、経済的動機によってヴェネツィアが発展させることになった。

この調査団の報告に基づいて、一四〇七年には、ヴェネツィアは矢継ぎ早に大学施策を発表している。まず、著名な外国人教師を招聘して教育面での充実をはかろうとする。そして、ヴェネツィア市民は、少なくともイタリアで勉学する場合には、パドヴァ以外で学んではならないという、他大学勉学禁止令を発布した。

これには違反者に五〇〇ドゥカートもの多額の罰金が課せられ、ヴェネツィア市民がパドヴァで学ぶように強制するものであった。さらにまた、すでに占領していたヴィチェンツァとトレヴィーゾの町に存在した大学を閉鎖して、パドヴァ大学をヴェネツィア唯一の大学として育成する方針を打ち出したのである。

ただ、このような一五世紀初期の大学政策が、すぐに効果を表わしたとは言い難い。領土拡張にともなう混乱や、断続的に猖獗を極めていたペスト、招聘した著名教師の怠慢など、大学の繁栄を阻害する要因が存在し、大学は常に不安定な状態におかれていた。

このような悪条件を克服して大学に繁栄をもたらすために、ヴェネツィアは一四二〇年には大学改善委員(reformatores)というものを設置して大学改革に取り組み、高額給与による著名教師の招聘や、他大学勉学禁止令などを核とした大学興隆政策を繰り返していく。

その結果、かつてないほど多数の学生がヨーロッパ各地からパドヴァに参集し、宗教的束縛から自由な学問的雰囲気の下で、医学を中心とした世俗学問の発展が起こって、やがてヴェサリウスやハーヴェイを生む近代医学揺籃の地となるのである。 ……」  (引用終わり)
  1. 2016/01/28(木) 00:05:17|
  2. ヴェネツィアに関する書籍
  3. | コメント:2
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コメント

イタリア

こんばんは。丁寧な返信ありがとうございました。うちのかみさんは、ヨーロッパでは、フランス、スイス、イギリス、イタリア、オーストリア、ドイツに、北米ではアメリカに行っています。私は全て短期滞在ですが、フランス、アメリカ、ブラジル、インドネシア、マレーシア、台湾に行っています。何れもかなり以前のことですので、今度は二人一緒に外国旅行を楽しむことを思い描いています。そのときに、イタリア訪問も実現できればいいなとも思っています。
  1. 2016/01/28(木) 11:42:16 |
  2. URL |
  3. むさしの想坊 #-
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コメント、有難う御座います。
私は完璧イタリア・オタクで、この国以外は一度だけ、パリに行きました、それはヴェネツィアで知り合った仏国人が案内してくれるというので。言葉を知らないと私は怖くて動けません。
イタリアに行くことになったのも、日本で語学校に一年間通学した上での事でした。初イタリア行でヴェネツィアが大いに気に入り、以来ここを拠点にイタリアのあちこちに移動しています。パードヴァやヴィチェンツァ、トレヴィーゾ等何度も足を運びました。現地の人とのお喋りが好きですし、まだ知らない田舎町が沢山あります。
  1. 2016/01/29(金) 03:42:37 |
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  3. ペッシェクルード #j9tLw1Y2
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Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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