イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: ドイツ人商館(ヴェ語Fontego dei Tedeschi)

大運河を更に右へ下って行きますと、リアルト橋の袂に大きなドイツ人商館(Fondaco dei Tedeschi、ヴェ語Fontego dei Tedeschi)があります。E.&W.エレオドーリ著『大運河』(1993)は次のように説明しています。
ドイツ人商館「13世紀初頭には、既に存在しており、商館は1505~08年の大火の後、ジョルジョ・スパヴェントとスカルパニーノの手で再建されたもの。多分ジローラモ・テデースコの指示に依るものと思われる。ファサードは18世紀初め、中央の回廊と脇の塔が水平にヴェーネト=ビザンティン様式の伝統に則って建て直された。

その簡素な外観は、人の期待を裏切らない。事実、元々一連の寓意的な裸像をジョルジョーネとティツィアーノがフレスコ画で完成させたのだったが、少々の断片が生き残り、アッカデーミア美術館に保管されている。
[色大理石で装飾を施すより、絵画での装飾の方が建築費用が安くて済んだからだとか。]

内部は、3層の回廊階に面して4角形の中庭があり、その平面図は著名且つ特殊である。18世紀に内部が改装され、1937年には中庭は天窓で覆われた。その時代、ドイツ語話者の商人の取引場であり、ここに居住し、売り捌くための商品を置いていた。

事実、大運河に面した開廊から、倉庫空間に囲まれた広い中庭に通じ、商館として明確に評価できるものである。現在は、電信電話の地方局の在所である。」

数年前、ここが郵便局でなくなりました。よく切手や包装袋を買った、直ぐ横のTタバッキで聞くと飛んでもない引っ越し先を教えられました。タバッキで切手が売り切れた時、今や存在しない、ここに行け、と教えられた事もありました。例によって例の如しの対応です。昨年10月リアルト近辺を歩いている時、多分ここが引っ越し先だと思われるリアルト近くの郵便局を見付けました。サン・マルコ広場傍の郵便局は変わりません。

ドイツ人商館は現在修復用のテントを被っています(昨年10月)。古い新聞ですが、2015.03.10日の新聞La Nuovaを紹介してみます。

「 リアルト橋、少なくとも2年の工事
――フォンテゴ・デイ・テデスキはファサードは現在も工事中、カメルレンギ館も工事開始、4月からリアルト橋の修復開始――
ドイツ人商館リアルト工事現場。かの有名なリアルト橋地区は様変わりしている。来月になれば更に――建築物の修復開始である――大工事現場は旅行シーズン酣でも激動している。

事実、この工事バージョンはリズミックに動いている――ヴェネットーン・グループの工事――大百貨店とすべくドイツ人商館は改装中なのである。ルイ・ヴュイトン(ルイ・ビトン)グループのフランスのDfsが経営に乗り出す予定。 ……」
  1. 2016/02/11(木) 00:05:18|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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