イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィア総督(2)ヴィターレ・カンディアーノ

ピエートロ1世の後を継いだのはヴィターレ・カンディアーノ(在位978~979)、更にトリブーノ・メンモ(在位979~991)でした。
『ヴェネツィア人物事典』ヴィターレ・カンディアーノ(ヴェネツィア?~979ヴェネツィア)の略歴は次のようです。
「殺されたピエートロ4世の兄弟、総督ピエートロ3世カンディアーノの息子は、978年9月総督に選ばれ、直後ピエートロ・オルセーオロのこの後継者は、修道院に逼塞するために逃亡を図ったのだった。

彼の在籍中の最も重要な事は、総督ピエートロ4世カンディアーノの殺害でヴェネツィアに対し怒っていた神聖ローマ帝国皇帝オットー(Ottone)2世との関係改善だった。しかしオリエントの皇帝との関係には関わらなかったようである、だからそこからいかなる称号も授かることはなかった。

政権成立後、14ヶ月して、ヴェネツィアの政治・市民生活を破壊したピエートロ4世を殺害した兄弟達一派を一掃することも叶わず、単なる挨拶一言で退位して、サンティラーリオ修道院での修道生活に引き籠った。そして僅か四日の修練の後、命を引き取り、ここに葬られた。」 
  1. 2016/02/25(木) 00:06:11|
  2. ヴェネツィアの歴史
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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