イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ミモザの日

イタリアでは3月8日はフェスタ・デッラ・ドンナ(女性の日)とかジョルノ・デッラ・ミモーサ(ミモザの日)とか言われ、男性が女性にこの季節の花ミモザを捧げます。もともと1904年3月8日にアメリカで婦人参政権を要求したデモが行われた日に端を発したこの日。イタリアでも世界婦人デーの一環として祝われているようです。

現在では、国連が1975年この日を国際婦人デーに制定し、世界的にフェミニズムの日として祝われている訳ですが、イタリアでは第二次世界大戦中の1945年3月8日、自由イタリアの地域で、最初のフェミニズムの象徴としての女性の日としてイタリア女性連合がイニシアティヴをとって祝ったのだそうです。
ミモザの花[ミモザの花――サイトから借用] 大戦終了後、全イタリアで1946年3月8日が祝われ、反ファシストのパルティザン(partigiana)だったテレーザ・ノーチェ、リータ・モンタニャーナ、テレーザ・マッテーイらが、高価であるとか珍奇とかではない花として選び、フェミニズムの象徴の女性の日のシンボルとして、正にその季節の花ミモザがイタリアに受け入れられたのだそうです。以来イタリアでは女性にミモザの花を贈る、女性の日として祝われているのです。[私はミモザと聞くと、少年時代に見た仏映画『ミモザ館』を思い出します。]
パルチザン日記この本は反ファシストのパルティザンとして戦った女性の記録です。

ヴェネツィアでは、4月25日の聖マルコの祝日に、赤い薔薇の花を女性に贈ります。2014.04.26日の聖マルコの祝日もご参考までにどうぞ。

[追記(03.09): 慌てて日本ウィキペディアの記述を引用して書いてみると、年号など始まりが間違いのようです、以前に支倉常長をウィキペディアで読むとイタリアへの海路の筈が陸路と嘘が書いてありました。どこまで信じればいいのか? 英語のサイトから訳してみました。
――1857年3月8日、ニューヨークの衣料に携わる労働者達が10日間、労働条件の改善と女性としての権利を求め、ピケを張り、行進しました。しかし警察権力で圧殺されました。51年後の1908年3月8日、ニューヨークの彼女達の姉妹であるお針っ娘は、1857年3月を誇りとして、選挙権を求め、そして低賃金長時間労働と子供労働の停止を求め再び行進しましたが、警察は厳しく潰してきました。
1910年の第2インターナショナル(社会党国際会議)の時、ドイツの社会主義者クラーラ・ツェトキンが、この米国のデモンストレーションと働く婦人達の名誉を記憶に留めるべく、3月8日を国際婦人デーとする事を提案しました……(中身も訳も間違いでない事を祈ります)。]
  1. 2016/03/08(火) 17:04:26|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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