イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの建物: 古ファッブリケ館他

カメルレンギ館の右隣は古ファッブリケ館です。E.&W.エレオドーリ著『大運河』(1993)は次のように紹介しています。
古ファッブリケ館「市場の開設に関して、共和国初期の段階から存在した物。1513/14年の大火で焼失したが、焼け残ったものの一部だった。1520-22年スカルパニーノと愛称されたアントーニオ・アッボンディの手で再建された。純粋に機能重視の建物で、大運河に向いて長い簡素なファサードが整然としたアーチの開廊の上で続いている。

2階3階のファサードは、境界となる層と簡素な開口部が滑らかな表面の流れを破る。現在、司法関係の事務所が入っている。」

更にその右には新ファッブリケ館の長い姿が登場します。
新ファッブリケ館新ファッブリケ館、右「古典様式で、長く単調な建物。左隣の古ファッブリケ館との対比で、新ファッブリケ館と通称される。商業関係の司法府として、1554-56年ヤーコポ・サンソヴィーノの手で建てられた。大運河に面したファサードは、大運河のカーブに沿って軽くカーブしており、浮き出し飾りのある切り石積みの開廊上で延びている。

多分全体に比して高い建物だが、工房や倉庫のための、という本来の目的に沿った機能性を持っている。上の階にはティンパヌムを備えた窓があり、全てドーリア式でトニックな付け柱を両脇に従えた長方形の窓が同じように続いている。現在は、司法関係の事務所が置かれている。」

長い新ファッブリケ館の右には、野菜市場の緑の屋台が続き、赤い幕を垂らした魚市場の建物ペスケリーア(Pescheria)が姿を見せています。
ペスケリーア「何世紀もの間、ここは魚市場として長らえて来た。実際にあるペスケリーアの建物は、1907年ネオ・ゴシック様式で、ドメーニコ・ルーポロとチェーザレ・ラウレンティによって建てられた。1階部分は全てオジーヴ式アーチの開廊となっており、上の階はCed のヴェネツィア事務所が入っており、ほっそりした柱が楣(まぐさ)式構造のロッジャを支えている。

開廊左の角にはチェーザレ・ラウレンティ作の聖ペテロの銅像が置かれている。」[聖ペテロは漁師、魚屋、錠前工の守護聖人です。]
Traghetto Santa Sofiaペスケリーア写真に見える木造の桟橋は、対岸のサンタ・ソフィーア広場とリアルト市場を繋ぐトラゲット(ヴェ語tragheto)の乗場です。語学校通学のためにカンナレージョ運河近くにアパートを借りた時は、魚介類購入のためにここの渡しをよく使いました。当時0.5 euro(初めて乗った20年前は300リラ)。ここの渡しが一番利用客が多かった印象です。
  1. 2016/04/07(木) 00:06:26|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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