イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ジョヴァンニ・バッティスタ・スィドッティ(シドッティ)

今日の読売新聞に以下の記事が掲載されていました。
シドッチ切支丹屋敷跡の説明書この新聞記事に関連したジョヴァンニ・バッティスタ・スィドッティ(Giovanni Battista Sidotti)の事を2010.02.06日にイタリアと日本の関係として書きました。街歩きで小石川、小日向を歩いている時、キリシタン屋敷跡(小日向1-24-8)に遭遇し、碑石の傍に図右の文書が置いてありました。

事典はスィドッティを次のように紹介しています。
「シドッティ(Giovanni Battista Sidotti、1668[寛文8]-171411.27[正徳4年10月21日]/1715年の史料もあり)――イタリア[スィチーリア、パレルモ生まれ]人のカトリック司祭。禁教令下の日本に潜入した最後の宣教師。1704年[宝永1]マニラに到着して日本語を学び、08年[宝永5]スペイン船で来日。屋久島に単身上陸したが、直ちに捕えられ、長崎を経て江戸へ送られ、小石川キリシタン屋敷に幽閉され、5年後に没した。その間、新井白石はシドッティを尋問し、彼から得た世界情勢、天文、地理等の情報を下に『西洋紀聞』『采覧異言』等を執筆した。これらは鎖国下の世界知識の源となり、実証的洋学再興の機運の礎となった。長崎奉行所取調記録に『羅媽(ローマ)人款状』、新井白石の記録に『天主教大意』『ヨワンシロウテ物語』等。」
  1. 2016/04/05(火) 14:30:40|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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