イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの狭い通り

ヴェネツィアに行く度に街歩きを続けています。当地で購入したガイドやエッセー等を帰国して読み、次回の新しい探索場所を探し、その場所に行ってみます。

ヴェネツィアの橋は、かつてはほとんど全てが欄干のない物だったそうで、現在唯一残る欄干のない橋、キオード橋(P.Chiodo)のことを読みましたが、なかなか見付けられずにいました。街歩きの最中、偶然にそれを見付けられたのは、やはり常々そんな目線で街を見ていたからに違いありません。その橋はサン・フェリーチェ運河通り(F.S.Felice)の北の端に架かっていました。

この橋はドイツ映画『逢いたくてヴェニス』(ヴィヴィアン・ネーフェ監督)の一場面にも登場し、実際は館と通りを繋ぐ橋なので通り抜けは出来ませんが、道と道を結ぶ橋という設定で撮られていました。
キオード(釘)橋 トルチェッロ島悪魔の橋[右、トルチェッロ島にも悪魔の橋(P.del Diavolo)という欄干のない橋があります。]
また陣内秀信先生のヴェネツィアについての文章を読み、非常に狭い通りと言われるストレッタ通り(Cl.Stretta)を検分に行きました。文字通り狭い(stretta)小路で、近くのストゥーア小広場にアパートを借りた時、メジャーを持って行き、実際に測ってみました。アルブリッツィ(Albrizzi)小広場側は110cm 強ありましたが、サンタポナール運河(Rio de S.Aponal)側は65cm と極端に狭くなっています。

アパート直ぐ近くの乳房橋前のカ・ボッラーニ(Ca' Bollani)のコルテ(庭)裏のラフィネリーア(Rafineria)通りは、最初は道とは思えませんでした。しかし道の標識が掲げてあります。下の方は67cmと狭いのですが、肩から上の部分は56cmと更に狭く、頭をぶつけそうです。

この道を、知り合ったミラーノ人のベッタに見せると、そんな狭い通りなら自分も知っていると案内してくれました。ザッテレ運河通り(F.Zattere allo Spirito Santo)のスピーリト・サント教会の方へ抜けていくモナステーロ(Cl.del Monastero)通りです。測ってはいませんが、擦れ違いは難しいにしても、上記の通りほど狭くはありません。

サンタ・ルチーア駅近くのホテル・プリンチペは、かつてヴェネツィア観光の時、宿泊したホテルでした。その正面玄関の真向かいの建物の軒下風な小路は、最初《通り》とは思えなかったのですが、ちゃんと標識が出ています。ターリャ・ピエートラ(Ramo del Tagiapiera)通りと。やはりその狭さに驚いて、メジャーを持って、取って返し、寸法を測ってみました。68cm 程の道幅しかない袋小路です。

サン・ジャーコモ・ダ・ローリオ教会西のカ・ズスト大通り(Salizada de Ca' Zusto)とオルセッティ小広場(Campiello Orsetti)を結ぶカ・ズスト通り(Ramo de Ca' Zusto)が狭隘だと聞き、メジャーを持って測りに行きました。両進入口は76-77cm程ですが、中程は65cmと狭まっています。それでいて、便利のいい抜け道ということでしょう、人の往来が結構頻繁です。

サンタ・マリーア・ヌオーヴァ(S.Maria Nova)広場北のペストリーン(Pestrin)通りの《チェーア》という古い食堂(trattoria)の左脇を進んで行った先にある、運河で行き止まりになるヴァリスコ(Cl.Varisco)通りは、目を見張る偏狭さでした。入口は54cm という群を抜く狭さです。

迷宮のようなヴェネツィアのことですから、まだまだ刮目に値するような狭い通りがあるに違いありません。

追記=後に、2度目に借りたアパート近くのアルセナーレ傍のド・ポッツィ広場のバーカロを訪ねた時、映画『ベニスで恋して』で主人公ロザルバが探偵に追い掛けられる場面で使用された、直ぐ傍のグラーナ軒下通りと脇のオッキオ・グロッソ通りを見に行ってみました。この l'Ochio Grosso 通りは一番狭い箇所で57cm でした。
Grana 軒下通りとOchio Grosso 通り[左側の狭い通りがl'Ochio Grosso 通り]
  1. 2008/09/21(日) 00:40:15|
  2. ヴェネツィアの街
  3. | コメント:2
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コメント

メジャーを持って路地の幅を計っているペッシェクルードさんの姿を想像して、つい笑い出してしまいました。(失礼)。それにしても 68cm とは!デブのアメリカ人観光客に通れないように町創りをした、としか思えません。
  1. 2009/03/23(月) 18:38:44 |
  2. URL |
  3. September30 #-
  4. [ 編集 ]

september30さん!
ヴェネツィアの道は本来運河がメインの道だったのでしょうから、埋め立てて
出来た狭い限られた土地は建物に利用するのが中心で、道のことはあまり考えに
なかったのではないでしょうか。ですから庭等を持った建物は大変贅沢で、金持ち
だけに出来たことだったのでしょう。
54cmのヴァリスコ通りをメジャーで計っている時、通り入口の家の御婦人が帰って
こられ、この通りがヴェネツィアで一番狭い道だと教えてくれました。
  1. 2009/03/24(火) 11:07:56 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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