イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

レデントーレの花火大会

7月の第3土曜日の夜は恒例のレデントーレ祭礼前夜の花火大会でした。《La Nuova紙は次のような記事を載せています。
レデントーレ「 レデントーレ、夜空には2種の《三色旗》、そして静寂の中、ニースに対してヴェネツィアのオマージュ
――ニースの犠牲者追悼のため、予定は変更された。スペクタクルな花火、終わりには驚きがあった。夜空に描かれた〝ヴェネツィア″の文字、9万以上の観客と湾には1700艘の船。レガッタもあった――

イタリアとフランスの2つのトリコローレ(三色旗)が静寂の中、花火で夜空に描かれた。これは悲しみに沈む、国境のヴェンティミーリャからそんなに離れていない町、ニース(Nizza)の悲劇に対するヴェネツィア人の哀悼の意だった。そこでは人々は祭りのために海岸に集まっていた。花火のスペクタクルに集まった人々の所に殺戮の狂気が炸裂した。

こうして連帯の思いが始まった。レデントーレを中止する事は、狂気とテロへ敗北を意味するだろう。昨夜深夜前、花火は4分半中断された。夜空の〝三色旗″は、静寂の1分間花開いた。再開後、大喝采が起った。……」

ダッカでのテロで、伊人9人、日本人7人が殺され、ニースでは84人の犠牲者でした。islamici のテロリスト化していく層が拡大傾向が見える現在、かつてヴェネツィア共和国が islamici との戦いで、降伏すれば助けるの約束を破られ皆殺しに遭った歴史が幾つかあります。ヴェネツィア人は彼らを信頼していないでしょう、この祭り1日前からリベルタ橋前で大検問が敷かれ、警備に万全を期そうとする姿勢がヌオーヴァ紙からも感じられました。大群衆の中で爆弾を抱え、自爆ということも考えられます。無事に終わり meno male でした。

この祭りについての謂れ等については、2011.03.05日の年中行事(8)で触れました。
  1. 2016/07/17(日) 22:38:30|
  2. ヴェネツィアの行事
  3. | コメント:1
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コメント

ブログ本人です。pcが壊れ、修理に出します。暫く休憩です。書く場所がなく、タブレットから、ここでお知らせです。
  1. 2016/07/20(水) 03:16:31 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #j9tLw1Y2
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは十数年前。ヴェネツィアには即一目ぼれ。
その結果、伊語勉強のためにヴェネツィアの語学学校に何年間か数ヶ月通いました。
その後もヴェネツィアを訪れるたび、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら書くのが楽しいのです。

*図版はクリックすると拡大されます。

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