イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――メアリ・ホフマン

メアリ・ホフマン著『ストラヴァガンザ 仮面の都』(乾侑美子訳、小学館、2010念7月4日)という児童書を読んでみました。すらすら読めます。現実のヴェネツィアを“ベレッツァ”、イタリアを“タリア”と名付けた架空の国のお話です。《訳者あとがき》から引用してみます。
『ストラヴァガンザ』「遠くアドリア海をのぞむイタリア本土から船で、浅緑の波のゆれるラグーナを行くと、やがて波の向こうに丸い教会の屋根や尖塔が見え、きらめくような美しい町があらわれます。水の都とよばれるヴェネツィアです。

二十一世紀のロンドンに住む少年ルシアンは、ふと手にした手帳を持ってねむりにつき、気づいてみればこのヴェネツィアに来ていた――。ルシアンはそう思ったのですが、そこはヴェネツィアではなく、ヴェネツィアそっくりの、でも町のあちらこちらに魔法の力が働く都ベレッツァで、しかも時は十六世紀でした。不思議な手帳がルシアンに、時空をこえる旅をさせてくれたのです。

ラグーナに囲まれたベレッツァは、ヴェネツィアではないとはいえ、二つの都はそれぞれの歴史も、住む人々の気質も、風習も、建物や風景も、微妙に重なり合います。物語の中ではそれがおたがいにうつし合い、反射し合って、ちょうど、この物語に出てくる「ガラスの間」の幻影のように、どれが実像でどれが虚像なのか、すべてが夢のようにとけ合ってしまいそうな、不思議な世界が現出します。  

読者は現実と幻影の間を行ったり来たりするうち、いつの間にか魔法の世界に引きこまれてしまう――もしかすると、めまいにも似たこの不思議な感覚こそ、本書の最大の魅力かもしれません。

ベレッツァという都の美しさ、不思議さには、本書の中でふれていただくとして、ここでは、現実世界のヴェネツィアをちょっとのぞいてみたいと思います。

ヴェネツィアは水の都、波間にうかぶ夢の都、と人は言います。本土から少しはなれた島にある町、ではありません。ラグーナとよばれる干潟が多いとはいえ、まぎれもない海の中に、人の手で木の杭を無数に打ち込み、石を運んでつくりあげた町です。小さな島をいくつもつなぎ、島と島の間の水路を道がわりにして、大聖堂をつくり、館を建て、ここを拠点として地中海交易にのりだしました。

中世のある時期、ヴェネツィアは、ヨーロッパでもっとも栄えた都市の一つであり、商業だけでなく、学問や美術や文化の中心でもありました。裕福な商人たちが肩で風を切って歩いていたことだろうことは、シェークスピアの『ベニス(ヴェネツィア)の商人』の舞台になったことからもうかがえます。

中世のヨーロッパ社会は、いろいろな意味で、東方世界の影響を受けていました。交易品のほかにも、学問や文化や、そうしておそろしい病気までも、東からヨーロッパに入ってきました。その玄関口だったのが、ヴェネツィアです。ヴェネツィアは死のイメージの濃い町でもあります。夢の都ベレッツァでも、ペストの流行で住民の三分の一が亡くなっています。……」
  1. 2016/12/22(木) 00:10:41|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:0
<<ヴェネツィアの観光客 | ホーム | ヴェネツィア街案内(14)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

カウンタ

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

最近の記事+コメント

カテゴリー

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

このブログをリンクに追加する

過去ログ

フリーエリア