イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの街案内(20)

(続き)
「教会の大門を後にして、マドンナ小広場へ行き、最奥を左へ曲がり、フェルツィ河岸通りを鉄の橋まで行く。橋は登ってみるだけで越さない。更に左へ行き、ボテーラ[Botera=Bottaio(伊語、樽職人)]小広場を見付けよう。しかしヴェネツィアの公式名でなく、ここを訪れ思い出す方が楽しい。ウーゴ・プラットのファンタジーと有名な所謂“スコンタ・デッタ・アルカーナ小広場”にその時居るということで、そこから、ツァー(ロシア皇帝)の失われた驚くべき宝物や革新的モンゴル、素晴らしき王妃達、残酷無残の好戦的支配者達についてのマルコ・ポーロのお話、コルト・マルテーゼ風の中国とシベリアの素晴らしい冒険旅行を始めるのである。
[Corte Sconta detta Arcanaとは、Hugo Pratt著のマンガ・シリーズ”Corto Maltese”の中の『ヴェネツィア物語』(Favola di Venezia)中で名付けた《神秘と呼ばれる隠されたコルテ》のこと。]

ここには魅惑的な調和で12世紀以来の建築的要素が入り混じっている。コルトがその時代を知ろうとした時、目前の壁面に日時計(長時間)を見たのだった。隠れた小さなオアシスが我々を魅了し、町の何と美しい一角であるか思い出させ、今や目にする事が可能だったはずのことは閉ざされている。……

この不思議な一角を後にして、河岸通りに戻り、最初の通りを左へ行こう(ヴェニエーラ小広場)。そして再度広場へ戻り、右へ曲がり、ザニポーロ大通りを行く。この通りには居酒屋アル・バローンがある。老いたカード師達の屯する所である。左手には先ほど述べた教会の後陣が見える。古い資料によれば、ここには弓や石弓の練習用の的が以前からあって、少年コルト・マルテーゼにとって普通に親しんだ地域だったことを付け加えておきたい。
オスペダレット教会[オスペダレット教会、サイトから借用]  右には仏語書の書店がウーゴ・プラットに向けて小さなショーウインドーを向けていた。左にはバルダッサーレ・ロンゲーナのオスペダレット教会の、巨人と怪人の彫像のバロック様式のファサードが迫ってくる。“バルバリーア・デ・レ・トーレ”通りへ向かう。この名前はここに材木倉庫があったことを思い出させる。トーレ(tole)とはtavole(板)のこと。
ヴェネツィア地図[サン・ザニポーロ大通りに続くバルバリーア・デ・レ・トーレ通り左の6673番地の4階と屋根裏部屋に、カザノーヴァが恋人フランチェスカ・ブスキーニと、ヴェネツィアに帰郷した後年1782年9月まで住みました。これが彼のヴェネツィア最後の滞在です。]
この名前全体は、多分この板がベルベル人向けの物であったという事実に基づくか、あるいはここで板の毛羽が削られた、即ち鉋で削られたということかも知れない。1000年頃の史料が存在する。ギリシアの皇帝が、ヴェネツィアの材木とサラセンの鉄の交易に対して文句を付けているのである。

ここ左手に食堂“バンディエレッテ”がある。仮面に興味があるなら、この遂先の左に随一のものがある。そして最も熱心な工房であり、20年ほど前、古い型を見付け出し、古典的でファンタスティックなタイプの仮面を作り始めた。そして町に影響を与え、急速に支持者を集めて、大中小、各種の仮面には巨大な物まで作る店まで現れて、そんな仮面屋のない通りはヴェネツィアにはないというほどまでになった。この店の右の古い浮彫に気付いて欲しい。これはライオン穴に投げ込まれたダニエーレ(5世紀の浮彫)を表している。
[旧約聖書のダニエル書にある、ライオンの穴に投げ込まれたダニエルの話から。essere nella fossa dei leoni(虎穴に入る)。ダニエルは無事に救い出されます。]

もし仮面に興味が湧かないなら、その代り通りが狭くなるが右へ曲がり、ムアッゾ通りからムアッゾ小広場まで行こう。そこにはゲットの建物同様に町でも最も高い建物があり、その一家の建物(17世紀)は一種の摩天楼のように聳えている。11世紀のビザンティン式の美しい柱頭が見られる。

軒下通りを抜け、橋を越え、カッペッロ家の1500年代の美しい館側を行く。この館は現在時にコンサートに使われる。右の狭いサン・ジョヴァンニ・ラテラーノ河岸通りへ曲がり、狭い通りを進んで、更に先の折れ曲がった同名の河岸通り名が終わる所で、左のテッタ通りへ曲がり、同名の橋を越す。左手に格安の宿泊所となっているヴァルデージ館がある。

右へ曲がると、ロンガ・サンタ・マリーア・フォルモーザ通りである。この通りに双子のような場所、“アル・マスカロン”と“ラ・マスケレータ”がある。時には“マスカロン”で一休みして、料理を待つのもいい。流行りの店の一つなので、前もって予約をした方がベターである。

食事を楽しみ、美味しいワインで気分一新して、ヴェネツィアでも大広場の一つである広場まで通りを進もう。サンタ・マリーア・フォルモーザ教会があり、素晴らしい鐘楼は丸でお菓子職人の細工のようである。」 (21に続く)
[サンタ・マリーア・フォルモーザ広場については、2010.09.18日のヴェローニカ・フランコに図版資料があります。]
  1. 2017/04/27(木) 00:04:28|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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