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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの街案内(24): アルセナーレ近辺

(続き)
「鉄の橋(P. S. Piero)を渡り、ラルガ通り(C. Larga de Castelo)を行き、左折しルーガ広場へ行く。この広場は町でも最も特異な地域の一つである。綺麗に選択し、乾かすのに広げた布の匂いとその痛快さの只中で呼吸出来る。窓や広場での女達のお喋りと呼び合い、子供達の叫び声やゲームの歓声、老人達はテーブルを出してカード勝負。
ソットポルテゴ[語学学校で案内された、この広場の脇道はこの街で最低の高さの軒下のズルリーン通りで、人が立って歩けない低さでした。]
地図左地図右
地図ア地図ル地図セ地図ナー
                  地図レ地図のリエッロ(Rielo)の通りとそのフォンダメンタ(運河通り)、サン・ジョアッキーノ(S. Gioachin)通りとその運河通りを過ぎると、ここからガリバルディ大通り、非常に活気あるヴェネツィア人の空間である。このヴェネツィア一の広い通りを通過する前に、右のロレダーナ通りへ曲がってみよう。

ターナ運河通りの狭く低いアーケードの下、前面に、道一杯に麻と塩の独特の匂いが立ち込め、乾燥させるために広げられた網が掛けられた、縄製造所の古い壁がある。直ぐ左に、壁面に碑版が貼り込まれている(リアルトの魚市場とサンタ・マルゲリータ広場の中に建つvaroter[毛皮職人]達の同信会館壁面の碑板と同じ内容の物)。
皮革職人同信会館[サンタ・マルゲリータ広場の皮革職人同信会館に貼られた物。サイトから借用]  その内容は、売ってよい魚の最小の大きさが決められ、その決まりを破ると罰を受けることが明記されている。それはセレニッスィマ時代、市民の共有財産を悪化させないように、守り育てるべきものとしてラグーナの魚資源を守護することに意を尽くしていたことを示している。

ターナ運河通りをガリバルディ大通りと結び付ける幾つかの通りで、前回登場したセッコ・マリーナ通りで見たように、現在でも最後の"Impiraperle"(真珠を挿した女達)を目にすることが出来る(前回を参照して下さい)。

ガリバルディ大通りに通じるこれらの狭い通りに戻り、この生活環境にたっぷりと浸っていると、道から道へと元気回復のバーカロやバール、簡易食堂が現れる。コルト・マルテーゼの時代、ガリバルディのモニュメントの前に、スーパー・マーケット、それから倉庫に変わる前、フーゴ・プラットのお気に入りの溜まり場の一つがあった。

彼の友人達によれば、"Cavallerizza"(馬場)と言い、生演奏を聴かせるポストで、少女達や船乗り、滞在中の兵士達のデートの場所となっていた。決して如何わしい場所ではない。

この件に関して、町の中でのこの地域とここに根を下ろす住民達の人柄、特にかつての雰囲気をちょっと付言しておかなければならない。連合軍が占領していた戦争末期、ここは町でも最も活気を呈していた地域の一つであった。

この通りの背後ではありとあらゆる類いの物資が暗躍し、見付けることが可能だった。概ね合法的で、あらゆる活動が蠢いていたが、初めてジュークボックスが現れ、更にはにわかづくりの突飛な楽団が組織され、アメリカ製の新しい音楽が四六時中演奏された。

興味深い出来事は、当時奇妙な密輸品が流行したが、それはあらゆる病に万能の、当時の新製品で奇跡的な薬、ペニシリンであった。

その取引方法は、概ね次のようなやり方であった。即ち、商談は軍隊の病院船の上で決まった。荷渡しで支払い時、包みを受け取るや、ヴェネツィアの詐欺師は船の舷側から、文字通りラグーナに飛び込み、少し離れた所で待っていた仲間が直ぐに彼を拾いに漕ぎ寄せ、かの有名な、効果的な“船の青”に塗られた甲板は、夜間はくすんだ青でよく見えないのだった。騙され怒り狂った船員達は、連中に大打撃を与えようと船の上から煮え滾った熱湯をホースで振り掛けたが、殆ど何時も遅過ぎた。

50~60年代、そうした行為は目的が単純に変化した。密輸はペニシリンから煙草に変わった。超スピードの船底平坦船が海とラグーナを何時でもどんな状況でも矢のように走り、ヴェネツィアの浅い運河でも航行出来た。そこでは財務警察の重い船では彼らの追跡は難しかった。

当時こうしたペテン師は、概ね、正にこの地区で生まれた。ますます組織的で大っぴらになった、彼らのその行動から、正真正銘のアドリア海の海賊と考えられるようになるまで、血生臭いエピソードをあれこれ作り出すようになる。 ……」 (25に続く)
  1. 2017/12/07(木) 00:04:11|
  2. ヴェネツィアの街
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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