サン・マルティーノの祝日

リアルトのバーカロ「アンティーカ・オステリーア・ルーガ・リアルト」は、かつて、初めてヴェネツィアに行って、夕食に入った時は、「レティーツィア」という名のトラットリーアでした。それから数年して現在のバーカロに変わったみたいです。奥で食事が出来るので、ヴェネツィアに行く度に食べに行き、時には店先のカウンターでスプリッツを立ち飲みしたので、経営者のマルコさんやジョルジョさんとも顔馴染みになってしまいました。

この11月この店に夕食に行った時、カウンター内に居たジョルジョさんが、「マルコが日本の本に出た!」と言って、写真家の篠利幸さんが出されたバーカロの本『ヴェネツィア』(ダイヤモンド社、2008.08.01刊)の中で、この店の欄に写っているマルコさんの姿を見せてくれました。

その夜夕食を摂っている時、突然店先のカウンターの方で、鍋の底を叩くような騒音が始まりました。何だろう?と聞き耳を立てている内に、ふと気付きました。今日は11月11日サン・マルティーノの祝日だと。

この日は子供達が集団でお菓子をおねだりに、町中を鍋の底を木のお玉で太鼓のように叩いて練り歩くのです。この風習は前世紀には廃れていたものを、町興しのために近年復活させたのだ、と知り合ったファビアーナさんが教えてくれました。

お菓子屋さんでは、馬に跨った聖マルティーヌスの姿をパスタで捏ね上げて作り、様々の色の砂糖菓子や銀色の玉の菓子等で飾り立てるのだそうです。子供のためのお祭りなので、子供達が群がります。鍋の騒音は子供達が何らかの戦利品を得るまでは鳴り止まないそうですが、真偽の程は知りません。

イタリア語を習い始め、暫くして読んだ初心者向けの伝説集に「L'estate di S. Martino」の一節があり、サン・マルティーノの祝日(la festa di S. Martino)の頃に天気の良い、暖かな日をそう呼ぶのだと知りました。このような固有名詞を直接使った熟語、慣用句の類を辞書で探してみました。

avere il tallone d'Achille(アキレス腱)=弱点を持つ
essere Achille sotto la tenda(テントの下のアキレウス―『イーリアス』の英雄アキレウスはトロイア戦争10年目、戦争中得た美女ブリセーイスをアガメムノーンに略奪されて怒り、戦闘を放棄、自分の天幕に帰ってしまったため、ギリシア軍は窮地に)=政争から退いて仲間を見殺しにする
pomo d'Adamo(アダムの林檎)=禁断の木の実。喉仏。因みに pomo della discordia はトロイア戦争の原因となった黄金の林檎
croce di S. Andrea(聖アンデレの十字路)=x字形の交差点
Troppa grazia S. Antonio !(パードヴァのイル・サント)=「これは頂き過ぎだ!」
essere secco allampanato(magro) come il cavallo dell'Apocalisse(ヨハネ黙示録の馬)=ひどく痩せこけている
essere il filo d'Arianna(アリアドネーが迷宮に入るテーセウスに渡した糸)=問題解決の糸口である
essere il discorso d'Arlecchino(コンメーディア・デッラルテのアルレッキーノのお喋り)=ちゃらんぽらんな話である
mantello d'Arlecchino=プロセニアム・アーチ
portare nottole ad Atene(アテネに浮気女を連れていく)=無駄なことをする
torre di Babele(バベルの塔)=実現不可能の計画
la salsa di San Bernardo(聖ベルナールのソース)=空腹
fare l'offerta di Caino(カインは弟アベルを殺す)=心のこもらない贈物をする
gli ozi di Capua(ハンニバルがカープアで兵士を休息させたため、ローマ軍に対する勝機を失う)=油断大敵
essere Cesare(カエサル) o Niccolo`(ありふれた人名)=一か八か
essere come la moglie di Cesare=貞節な妻である。何一つ疑点はない
segnare in zona Cesarini=土壇場で成功する
labirinto di Creta(クレタ島の迷宮)=ラビュリントス
essere la botte delle Danaidi(穴の空いた樽にダナイス達は水を汲む)=無駄骨を折る
complesso di Elettra(エレクトラ)=ファーザー・コンプレックス
forze d'Ercole(ヘラクレスの力)=人間ピラミッド
colonne d'Ercole(ヘラクレスの柱―ジブラルタル海峡に聳える岩)=それ以上進めない地点
Porca Eva !(酷いイヴ)=「畜生、何てこった!」
andare col cavallo di San Francesco(アッシージの聖フランチェスコの馬―彼は動物愛護のため、馬にも乗らなかった、に違いない)=歩いて行く
essere piu` tondo dell'O di Giotto(画家ジョットのO)=まん丸である。間抜けである
dare il bacio di Giuda(ユダの接吻〔=il bacio di Tosca(プッチーニのオペラ『トスカ』)〕)=裏切る。表面だけの好意を示す
fare il volo di Icaro(イカルスは父ダイダロスの考案した蠟で留めた羽根でラビュリントスから飛び立つ)=野心的壮挙に出るも惨めに潰える
fare la Maddalena(マグダラのマリア) pentita=悔やんでいる事を更に誇示する
Madonna!(聖母マリア)=「うわっ、何としたこと!」
fare da Marta(ラザロとマリアの妹) e Maddalena(マグダラのマリア)=何事にも献身的に奉仕する。一人で色々の仕事をこなす
estate di san Martino(聖マルティーヌスの夏)=小春日和
fare san Martino=引っ越しする。立ち去る
Per un punto Martin(=san Martino) perse la cappa. (彼はピリオドの打ち方を間違え、修道院長〔が着るマントを摑み損ね〕になり損ねた)=千慮の一失 
avere gli anni di Matusalemme(ノア時代前のユダヤの族長メトセラは969年間生きた)=非常に長命である
essere in braccio a Morfeo(夢の神モルペウスの腕の中)=熟睡している
fata Morgana(アヴァロン島の女王、妖精モーガン・ル・フェイ(アーサー王の妹))=蜃気楼
durare da Natale a S. Stefano(クリスマスから12月26日まで)=長続きしない
giunco del Nilo(ナイル川の藺草)=パピルス
arca di Noe`(ノアの方舟)=人類の救済
Paga Pantalone !(「パンタローネが払ってくれるさ !」)=常に弱者が償わされる
essere il pozzo di San Patrizio(アイルランドの聖パトリック)=底なしに強欲である。着想が尽きない
essere come la tela di Penelope(オデュッセウスの妻ペネロペーの織物)=いつ終わるとも知れない仕事である
essere il parere di Perpetua(A.マンヅォーニの『いいなづけ』の登場人物ドン・アッボンディオ司祭の下女の名、お喋りで、無教養、だが常識に富む)=世間の常識に適う意見である
la barca di Pietro(聖ペテロの舟)=カトリック教会
essere come la fabbrica di San Pietro(サン・ピエートロ大聖堂の建設)=いつ終わるとも知れない仕事である
fare San Pietro〔prendere San Pietro per la barba〕=白々しい嘘をつく
tavola pitagorica(ピタゴラスの表)=九九の表(2x2=4……9x9=81)
letto di Procuste(ギリシア神話の強盗プロクルステスは旅人をベッドに縛り付け、ベッドの長さに合わせて切ったり叩き伸ばしたりしていたが、テーセウスに退治された)=身動きの取れない苦境
fare il Pulcinella(コンメーディア・デッラルテのプルチネッラ)=無暗に考えを変える
il segreto di Pulcinella(プルチネッラの秘密)=公然の秘密
fare le nozze di Pulcinella=結婚式等が滅茶苦茶になる
passare il Rubicone(ルビコン川渡河)=重大な決意をする
essere una sirena(海の妖精セイレン)=セクシーな女性である
essere fra Scilla e Cariddi(メッシーナ海峡にある岩シッラと渦巻きカリュブディスの間)=進退極まる
regno di Teti(海の神テティスの領土)=海
Tizio Caio e Sempronio=甲氏、乙氏、丙氏
strabismo di Venere(ヴィーナス)=女性の魅惑的な斜視

日本語も論語等の昔から、長い歴史を引きずっているように、イタリア語も聖書やギリシア神話等からの伝統を受け継いでいるのが理解されます。
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コメント

こんにちは。いつもロムさせて頂いています。
この祝日は、ハロウィンに似てますね。あちらはカトリックですが。
そんな祝日から1ヶ月もしないうちに、ヴェネツィアがひどい高潮に遭ったというニュースを先日見ました。
地球温暖化の影響で水没するという話もありますし、一体どうなってしまうのでしょう。
ペッシェクルードさんのお知り合いやお店はご無事だったでしょうか。

たくさんの熟語、興味深く拝見しましたが、中でも笑えたのが「Madonna!」です。
英語だと「Oh,my God!」なのでしょうが、さすがマンマ・ミーアの国イタリア、最後に頼るのはやっぱり女性なんですね。
またお邪魔します。
by: キリコ | 2008/12/06 13:17 | URL [編集] | page top↑
コメント、有難うございました。
1966年に最悪の被害をもたらした194cmの高潮以来、79年には166cm、86年
158cm、私が偶々いた2000年は144cmと高潮が来ています。毎年日本に遊び
に来るジャンニの店に行った時、水がここまで来た、とショーウインドー下の際
を指さしていましたから、今回の156cmの高潮だと完全に中に水は入っている
筈です。最も低いサン・マルコ広場だと商店等に被害が出ている筈です、高潮
開始3−5時間前にサイレンが鳴り、商店主達は店に急ぎ、品物等を二階や高
い所に移すのですが。自動的な防潮壁を作るモーゼ計画は賛否両論あり、あま
り進んでいないようです。しかしヴェネツィア人は町が沈むとは考えていないと思
います。いずれにしても高潮が高いと対応は大変です。今回の高潮では、ヴェネ
ツィア人の気持ちを逆撫でするような、オランダ人サーファーDuncan Zuurという
青年がサーフィンをサン・マルコ広場でやったのだそうです。
by: ペッシェクルード | 2008/12/06 17:15 | URL [編集] | page top↑

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