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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの街案内(38): リアルトからザッテレ海岸通りまで

(続き)
「この度の街案内の最後のセクションにやって来た。特にプラットに親しまれたサン・ニコロ・デイ・メンディーコリ教会[Mendicoliは、Mendigoliの表記もあるようです]である。相当古く創立(7世紀)され、リアルトの、施しで生きる貧しい信者の所謂“頑固な迷信家(Pinziocchere)”が助けを求めたサン・ジャーコモ教会のように、メイン・ファサードに1400年代のポルティコ(近年改装された)がある。
サン・ニコロ・デイ・メンディーコリ[写真はサイトから借用] 内部には、何世紀にも渡る改築が積み重なった痕跡が見出せる。12世紀のビザンティン様式のコーニスのような非常に古い部分から、16世紀のオルガンやカルミニ教会のものに酷似した木製の羽目板細工で飾った中央身廊の佇まい等、後世の造作にいたるまで。現前する作品中、ヤーコポ・パルマ・イル・ジョーヴァネと聖ニコラウスを象徴する、ボン工房の1400年代の美しい木彫を見逃さないよう心しよう。しかしこの絵画と彫刻の向こうにも我らを魅了して止まない総合的な美しさがある。

小広場を出るとヴェーネト=ビザンティン様式の鐘楼(12世紀)に気付く。運河の向こうには以前、綿紡績工場があった。今はカ・フォースカリ大学の建築と化学工業の学部の一部の建物が建っている。

サン・ニコロ橋を渡り、テレーゼ運河通りを右へ行き、同名のテレーゼ橋まで行く。橋を越え右折し、先ほど通った左側の運河通りまで行き、その通りを今度は逆行する。アンゾロ橋まで行くと、木彫の色付けしたキリスト像(15世紀)を祀る古い小さな祭壇がある。そこを過ぎ、キエーザ大通りを通り、左に曲がるとアンゾロ・ラファエールの少し土地の高まった広場がある。広場中央には教会の前、古いオステリーア“Trattoria Anzolo Rafaele”がある。

未だ観光客に荒らされていない、この古い地区を後にして、サン・セバスティアーン広場に移動する。ここに聖セバスティアヌスに献堂した15世紀の教会が建っている。ここにはパーオロ・ヴェロネーゼの一連の興味深い絵画作品がある。その上彼はここに葬られている。

入ると直ぐ右に聖ニコラウスに捧げた、ティツィアーノの署名のある小さな祭壇画がある。大祭壇右の礼拝堂のパルマ・イル・ジョーヴァネの作品も見逃せない。しかしここへの訪問の価値は(15.30~17.30分の開館の時間帯であれば)、ヴェロネーゼ作品にあるのである。彼はこの教会のために色々な場面で、本当に美しいフレスコ画や板絵を描いたのだった。
[現在は入場料が必要で、時間に関係なくヴェロネーゼ作品が鑑賞出来るはずです。
また教会入口前の運河前に立って前方を見ますと、運河の向こう正面に、アメデーオ・モディリアーニが画学生時代ヴェネツィアの美術学校に通っていた時、下宿していた建物があります。2009.10.31日のヴェネツィアと日本で触れています。]

さて、橋を渡って、それぞれの宿、住居、ペンション、あるいは友人の家へと帰ろう。目の前には長い真っ直ぐな道がある、それは橋を越えるとサン・バルナバ広場まで続いている。更に前方トラゲット通りの終りでゴンドラが現れ、対岸のサン・サムエーレ広場に運んでくれる。あるいはまた1番船のヴァポレットがリードまで続く大運河の各停留所へと運んでくれる。
[この長い通りは、Calle Longaと言い、日本の伊国大使館が長かった方が帰国され“富士山”というB&Bをこの通りでやられています。私が歩いた中で今一つ長いと思った通りは、カンナレージョのCalle de la Testaで、この通りのアパートから通学しました。]

それとは別の選択肢として、多分もっと楽しい方法は、橋から右折し、サン・バゼージョ運河通りを行くと、食事やお喋りに古いスタイルのオステリーア“da Toni”がある。サン・バゼージョ広場を抜けてこの運河通りの終りで、ザッテレ運河通りに出る。対岸にラグーン・スカイラインのイギリス風ムリーノ・ストゥッキーが見える。
[サン・バゼージョ広場からザッテレ運河通りまでの通りは、Cl. del Vento(風の通り)という名前で、仏国の詩人アンリ・ド・レニエや伊国のディエーゴ・ヴァレーリが歌っています。2009.05.30日のアンリ・ド・レニエと2014.04.16日のディエーゴ・ヴァレーリで触れています。]

右手にはレストラン“San Basilio”が、マリッティマ海岸に向かう小さな橋の前にある。もう少し先に海岸通りに沿って、非常に流行っている小さなレストラン“Riviera”がある。目の前は我が家へ帰宅するためのヴァポレットの停留所である。」 (終り)
  1. 2018/04/29(日) 00:59:30|
  2. ヴェネツィアの街
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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