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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

書籍『ヴェネツィアの高級娼婦』(1) 

先日ソッコルソ運河通りについて書いた時、ヴェローニカ・フランコについて触れました。ヴェネツィア学の碩学アルヴィーゼ・ゾルジ(Alvise Zorzi)氏が『ヴェネツィアの高級娼婦――ヴェローニカ・フランコと詩人達 1546~1591』(Camunia editrice srl、1986.04)という本を書いておられます。例えば日本で出版されている彼のものとしては、下記の
アルヴィーゼ・ゾルジ『ヴェネツィア歴史図鑑』『ヴェネツィア歴史図鑑――都市・共和国・帝国:697~1797年』(アルヴィーゼ・ゾルジ著、金原由紀子・松下真記・米倉立子訳、東洋書林、2005年4月22日)があり、この本などヴェネツィアを勉強する人の必読書と言えます。その他にも私がヴェネツィアで購入したものとしては、A4版『Venezia ritrovata 1895-1939』(Alvise Zorzi、Alnoldo Mondadori Editore、1995.09)は、貴重な写真が豊富に収集されている本です。
アルヴィーゼ・ゾルジ『再発見されたヴェネツィア 』アルヴィーゼ・ゾルズィ『ヴェネツィアの高級娼婦』このアルヴィーゼ・ゾルジ著『ヴェネツィアの高級娼婦』の第1章の始まりのところから、ヴェローニカを紹介してみます。
「 第1章 ヴェローニカと批評家達
1580年11月6日、ヴェネツィア滞在中の仏国作家ミシェル・ド・モンテーニュは、《ヴェネツィアの貴婦人ヴェローニカ・フランコ夫人》によって上梓された『尺牘の小冊子』が宅送されたことに気付いた。家族の書簡に対するイタリア人の思いが少々特異なことが判ったにも拘らず、彼はそのオマージュを喜んで受け、正しく《ヴェローニカ・フランカ夫人から諸氏への個人的書簡》と題され、《令名かくも高き、この上なく尊き枢機卿であらせられる、ルイージ・デステ猊下に》華やかに献呈されたこの書物を自分に送付した人物に、たっぷり2スクードを謝礼として返礼したのだった。

1500年代のヴェネツィアが正にそうであった、粋な観光の正統的な中心地に度々足を運ぶ彼以外の伊国や他国の数多の旅行者が出会ったように、出版される前、半ば非合法に流布した別の小冊子を、もしド・モンテーニュが手にしていたとすれば、今日ではその小冊子は稀覯本である。

その本は『主要で、誉れ高い、全ヴェネツィアの花魁達のカタログ、花魁達の仇名、娼楼名、花魁達の部屋[……]そして更に殿御の支払うべき玉代。他には優雅に登楼さるべきこと必定なり(Catalogo di tutte le principali et più honorate Cortigiane di Venezia, il nome loro, et il nome della lor pieza, et le stantie ove loro habitano […] et etiam il numero de li dinari che hanno da pagar quelli gentilhuomini, et altri, che desiderano entrar nella sua gratia)』と題され、無名のA.C.の編集で、《全ヴェネツィアの花魁の華、華麗で淑やかなリーヴィア・アザリーナに》捧げられており、モンテーニュはきっと、彼にその本を渡した人に支払われたお礼の額によって、その教養ある貴婦人が売り物となることを知れば、非常に驚いたに違いない。

即ち《ヴェロ(-ニか)・フランカはサンタ・マリーア・フォルモーザ広場で、pieza so mare(彼女の母親が身元保証), scudi 2》。これが意味するところは、《家族書簡》の著者が母親の斡旋で自分の体を日常的に売りに出しているということであり、その母親自身も同じ《カタログ》で明らかなように仲介無しで同様な商売をやっていたのである。《カタログ》曰く。《サンタ・マリーア・フォルモーザ広場のパーウラ・フランカ、pieza lei medema(彼女自身の斡旋), 2 スクード》

カタログには明らかな根拠があり、1580年より相当前に遡る。1566年再び印刷者ジローラモ・カピレーノは、多分この事に違いないが、許可なく印刷した廉で起訴された。そして1冊当たり1ドゥカートの罰金を払う刑を受けた。しかし1570年以後はもう印刷はしなかった。

ヴェローニカのその年に記述されたものによれば、彼女の母が死んでいる。仏人の旅行者に贈呈された《家族書簡》が上梓された同年の1580年に、正にヴェローニカは公式の記録の中でも《公娼》と定義づけられている。それ故疑いはないのである。……」 (2に続く)
  1. 2018/05/11(金) 09:55:06|
  2. ヴェネツィアに関する書籍
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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