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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

書籍『ヴェネツィアの高級娼婦』(2) 

(続き)
「《書簡》の美しき著者は、5年前弱、《セレニッシモな我が殿御で御座せられ、尊敬措く能わざるマントヴァとモンフェッラートの公爵》に捧げた《第三詩集》を出版した詩人でもあるが、その捧げられたグリエルモ・ゴンザーガは、ルネサンスがこの地に留まり、多様化するのを見たのであり、量においても質においてもヴェネツィアはローマに張り合った、恋愛商売という軍団に属していた。
ティントレット画『ヴェローニカ・フランコの肖像』[ティントレット画『ヴェローニカ・フランコの肖像』、米国マサチューセッツ州ウースター美術館蔵]   即ち高級娼婦とは、売春の中でも選りすぐりの階級であり、1500年代に正にヴェネツィアで栄えた、洗練され、享楽的な文化のオリジナルな表現であり、その時代は最も熱っぽく、肉欲的で、繫栄した季節であった。そして彼女自身が正にその手紙の中で説明しなければならなかったように、儲けは多いが危険も多い、その仕事の中で成功したということ、その事を特にセンセーショナルな出来事として示している。

即ちフランス王であり、且つポーランド王であったヴァロワ家のアンリ3世の1574年7月18日から28日の間の、ヴェネツィア共和国表敬訪問の機会に、レーパント戦勝後の沈滞した国家の威信の強化にその存在そのものが貢献する賓客を、セレニスィマ共和国は幻惑しようとの目的で催した祝宴の渦の中で、彼女、ヴェローニカと丸一晩過ごせるよう、彼に身柄を任せられるよう求めたのであった。

そしてヴェローニカは、彼女達の席順の第一位にランクされるという名誉に満足し、王のような奉仕で報いられ(彼女の料金が《カタログ》の倹しい2スクード金貨に比べてかなり増えたことは確かである。第24代ヴァロワはリアルトまでの散歩中、貴金属店で素晴らしい宝石を鏤めた錫杖を手に入れるのに、平然と26000スクードも支払うようなタイプの人間だった)、素晴らしいこの贈物を手にする王、即ちティントレットに描かせた彼の肖像画にペトラルカ風の2篇の飾り立てたソネットを添えて、返礼とした。

また職業、この仕事についてヴェローニカは隠そうと思っていないどころか、逆だった。その態度は事実上、《腐敗して》《醜悪で》《卑猥な》等のカテゴリーに属する状況以上のもので(世界で最古の職業についてのモラリストの言葉は、最もエレガントな意味の中でも責めや非難といった用語が夥しいが)、結局は他の全ての事以上に一つの文学的な事件であったし、現在もあり続けている、そうした事の嚆矢となった。

詩を書いた高級娼婦については、ヴェネツィアとローマで大成功したヘタイライ(Etera―古代ギリシアの高級娼婦、一般の娼婦はポルナイ)だったトゥッリア・ダラゴーナを始めとして、既に他所でも存在した。しかしこの世界へのはっきりした彼女の登場は、あらゆる事を考慮に入れてもそれは平穏なものであったし、後悔していますと喪服用の黒ベールで身を隠したりとか、弁解がましい態度で身繕いしたり等しない詩人ヴェローニカに対する純粋の共感が、ある批評家以上に根底にあったのだが、他の批評家から手厳しく非難される原因でもあったように、モラリスト的偏見に満ちたものであった。そして時間の経過と共に、全く弱まっていきそうにない興味が持たれてしまう始まりだった。

上で述べた偏見がために生じた、その世評がいかなる時点まで広まっていくのか、あらゆる真実や根拠に対して、ヴェローニカの職業を隠蔽し、変装させようとする多くの努力が試みられた。博識のヴェネツィア人ジュゼッペ・タッスィーニよって出版されたものは、現在では基本となる、ヴェローニカについての最初のヴァージョンで、その題名で、この女流詩人を《ヴェネツィア娼婦》と規定した。

それは他の研究者のリアクションを活発に惹起し、少々いい加減ではあるが情熱的に取り組んだジャンヤーコポ・フォンターナは、ヴェローニカは決して娼婦などではなく、ただ変わった主婦であっただけで、夫婦の倫理に関しては、やや軽率であった、と支持し難い論文で述べている。

仏王アンリの訪問についてもフォンターナは、《汚らわしくも悍ましい娼宅に、アンリ3世を受け入れるなど許されもしなかったし、ティントレットが肖像画を描いて、最初から携えてきて彼女と共に過ごすなどなかった》と断言した。
Cortigiana veneziana[以下の引用に誤訳があると思えますので、原文を図版として掲げます] そして結論として《社会や文学に貢献した人から月桂冠を奪取しない……天賦の才の価値を駄目にするほどのものではない、誰にもある人間の弱さというものを赤裸々にはしない……謝意を持って敬意を表すべき名前の人から聖なるベールを手荒に剥ぎ取らない……外国語の読書で壊れてしまった美的センスを持って生きていかねばならない悪徳の巣窟で、愚か者達に求められても協力しない。
しかしかくして、売春が文学となっていく……》 ……」 (3に続く)
  1. 2018/05/18(金) 09:24:58|
  2. 文学
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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