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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの現在: 鴎の被害

ヴェネツィアで、ユリカモメによる怪我事件をLa Nuova紙が伝えています。
鳥に襲撃される[カッフェ・フロリアーンの屋外席] 「 ユリカモメに襲われ、病院へ
――ある女性が憲法橋を渡っていた。大きな鳥が彼女からクルミの実を奪おうと唇を傷付けた――

胡桃を食べていると、彼女の口唇からそれを奪おうと鷗が飛び掛かり、傷を負わせた。凶暴な Magoga(水鳥―老婆の意も)の犠牲となったのは、カンパルトのデーボラ・ルカテッロさん。彼女は昨朝、息子の先生との面談のためにチェントロに向かっていた。10時40分頃、飢えた水鳥に襲われた。

《私はピアッツァーレ・ローマでバスを降り、面接時間に間に合うように朝食も摂らず、駅の方へ向かいました。カラトラーヴァ橋を越し、レジョーネ館下の軒下通りを潜る前、バッグに入れていた胡桃を取り出し、まだ朝食を食べていなかったので食べようと思いました。殻を剥き、軒下通りから出て、海岸通りに降りる最後の段に掛かった時、鷗が私に突進して来たのです。》と未だ冷めやらぬ驚天動地の思いの中で、ルカテッロ夫人は語っている。 ……」

近年鳩に餌をやることはサン・マルコ広場では禁じられ、屋台では売っていません。市庁舎のダンドロ=ファルセッティ館の右隣コルネール=マルティネンゴ・ラヴァ館は2階が市の結婚式場で、式終了後、門から出て来た新郎新婦に祝福の米を降り掛けました。その米を目当てに、訳知りの屋上に待機していた鳩の群が一斉に飛び付いて来ました。突然の大群に吃驚しましたが、鳥が好きでもない人はもう2度と…と言っていました。

妻はホテル・ダニエーレの屋上レストランで昼食をした時、矢張り鷗が飛来し、待機しているカメリエーレが撃退用の棒に布を付けて旗のようにして追い払ってくれたと言ってます。町中でも外で食事が出来るレストランでは、鳥達も判っていて、飛んできますが、人の方も準備万端、撃退用具の設置に余念はありません。一つには観光客の興味本位で、鳥に口移しで餌をやったりすることに鳥達が慣れ親しんだこともあるのでしょう。

私の住む八王子の浅川から、近年毎年飛来していた鴨の大群が冬場姿を見せなくなりました。他の水鳥も同様で、白鷺の姿も数羽です。浅川をコンクリートで固めた護岸工事で、冬場は土の土手に潜って越冬する水中昆虫が激滅し、それを食べていた小魚、それを餌にしていた鳥達も住めないのに、小魚を乱獲する、住民の放した鯉が勝ってし放題なのです。川ではない単なる放水路になってしまったに違いありません。この近辺は多摩丘陵と浅川に挟まれて野鳥の宝庫と言われていました(天皇が学生時代、野鳥を見に来られたとか)。路傍の山野草(“雑”草などという日本の野生植物はありません)や自然の気ままな野鳥好きには言葉がありません。

La Nuova紙が以前掲載したラグーナの野鳥達の姿を、2、3掲げてみます。La Nuova 2La Nuova 3La Nuova 4La Nuova 5等です。2013.08.12日にヴェネツィアのフラミンゴについて触れました。
  1. 2018/05/13(日) 16:36:33|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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