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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

サン・マルコ広場の舗装

前回サン・マルコ広場の井戸について書きましたが、今回はこの広場の舗装についてです。G. ニッサーティ著『ヴェネツィア奇聞』(1897)からどうぞ。
『ヴェネツィア奇聞』「サン・マルコ広場の初期は菜園であり、そこでは野菜や果樹が大量に栽培されていた。ダンドロ年代記によれば、1267年初めて煉瓦で舗装された。
[サン・マルコ広場の“菜園(brolo)”は、brogio、broglioなどとも言われ、特に総督宮殿のアーケード下(broglio)は大評議会の選挙が近付くと、富裕貴族が貧乏貴族の票を買収しようとその空間を行ったり来たりして、買収活動が行われたそうです。その事から、imbroglio(インブロッリョ―ぺてん、ごたごた等の意)という言葉が生まれ、イタリアのオペラや演劇の陰謀等の場面を指すようになったそうです。2007.10.23日のサン・マルコの菜園で触れています。]

それ以後年代記作者は1392年までこの件については書いていないが、その年代記の中で総督アントーニオ・ヴェニエール[1382~1400]がこの広場を、大理石で煉瓦を四角に縁取りし、デザインに従って角形に集める形で舗装させた、と語っている。

ある年代記作家は次のように書いている。《Facevano quei quadretti bellissima vista perché, essendo partiti l'uno dall'altro con lastre di pietra viva, et havendo essi eminentia, et come una certa rotondità, parevano proprio al guardar monticelli, ma grande incomodo portavano al caminare, e grandissimo al spasseggiare, perché quel continuo montare e dismontare dava noja alle persone. 》(これらの四角形の物が大変美しい眺めを現出していた。何故ならそれぞれが硬い石の板面で、優れており、ある種の丸味を帯びた物として、小さな山々を眺めるかのようであった。しかし歩きに連れて行くには快適という訳にはいかなかったし、散歩には更にそうであった。何故なら登ったり降りたりを続ければ、人によっては嫌気が差すからである。)

碑文に、土曜の市で場所取りをする同業組合に属した幾つかの登録者が読み取れた。そして最後の舗装でもi Calegheri(靴職人)とi Zavateri(靴修理職人)の例があった。
ティラーリの甃デザイン1495年と1566年と広場舗装が続く。1626年の補修と、ティラーリのデザインに基づく1723年の、全てを硬石での舗装工事(この舗装は1893年に完成した全面的リフレッシュの時まで続く)は1723年に始まり、1735年に終わった。ティラーリに提示された広場の細長い帯状を示すプロジェクトは、かなり変わったものだった。今日でも目にすることの出来る模様は、小広場の方の建築家もその案を繰り返しているのである。」

ヴェネツィア語に、far el liston(リストーンする)という言葉があります。サン・マルコ広場を散歩する、という意味です。伊ウィキペディアに説明がありますので訳してみます。

「都市のある特殊の場所、通常は広場かそれに準ずる場所を示すため、ヴェーネト地方の色々の都市や近隣地域、古いヴェーネト地域で使われているヴェーネトの言葉で、Liston(複数Listoni―伊語listone)という言葉は広場の石畳の舗装のために使われた硬い大理石の長い平らな板石の事をいう。そこから、far el listonという熟語が生まれた。
2本の柱のあるピアツェッタ[ターナー画『雷雨下の2本の円柱の見えるピアッツェッタ』]  ヴェーネトの色々の町にはそれぞれに使い方があり、ヴェネツィアではサン・マルコ広場の散歩を指し、時計台下から二本の石柱、聖マルコ(有翼のライオン)とサン・トーダロ(龍を退治する聖テオドールス)の間を歩くことを言う。」
  1. 2018/09/06(木) 00:09:50|
  2. ヴェネツィアの広場
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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