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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

サン・マルコ広場で絵を描く

先週の土曜日(8月25日)、一人の英人画家がサン・マルコ広場で写生をした顛末が次のニュースです。La Nuova紙からどうぞ。

「 画家ハワード、サン・マルコ広場から追い出される
――現地警察は、プロクラティーエ行政館下で画架を構えている彼に気付き、そこから立ち去るよう要請した。彼の妻《何て馬鹿馬鹿しい!》――
サン・マルコ同信会館[サン・マルコ大同信会館(現、市立病院)の絵です。painter Ken Howardで検索すると彼のその他の絵が見れます。]  田舎の人の観光という事に異を称えてか、最近サン・マルコ広場に導入された沢山の事の一つに、広場で描くことの禁止ということがあるに違いない。今回一人の国際的評価を得ている画家が、その犠牲者になったのである。彼は50年前から、ロンドンからこの広場に絵筆と画架を携えて来ている人物だった。

86歳のケン・ハワードに降りかかったのは、土曜日朝(8月25日)の事である。英人画家として2003年まで新英国芸術クラブの会長であった彼は、1993年からか王国アカデミーの会員であり、2010年からは“大英帝国”幹事である。彼の絵は国立軍隊美術館やロンドン市庁舎美術ギャラリー、アルスター美術館、帝国戦争博物館に収蔵されている。取り分け、王立油絵研究所と英国芸術協会の名誉会員である。

彼の妻ドーラ・ベルトルッティと共に、ヴェネツィアには定期的に来市している。2人はヴェネツィアに家があり、このラグーナとコンウォール(Convaglia)、ロンドンとに生活の拠点がある。描くための用具一式は嵩張り、場所塞ぎではある。だからこの夫婦は別行動でヴェネツィア行をしている。

妻はロンドン-ヴェネツィアの長い行程を車に荷物を積んで、運転して行く。一方夫の方は、骨の折れる仕事は敬遠して飛行機便である。《私はこの仕事嫌じゃありません。彼は苦労はしないでいても、それでもこれはちょっとした一仕事です。》とドーラは言う。《本当のところヴェネツィアで彼の状態が悪くなったら、それは問題なんです。》

ハワードが描きに外出すると決めたのは土曜日である。スキアヴォーニ海岸通りに画架を設置すると、空は降り出しそうな気配である。数分すると降り出した。そこでサン・マルコ広場に移動することにした。行政館のナポレオン翼の下には平らな“mattonella(板石)”がある。

一番奥に見えるサン・マルコ寺院、そして右手の鐘楼、これは彼のお気に入りの広場のシーンである。見慣れた景観であり、いずれにしても今や彼の熟知したものである。彼にとってヴェネツィアとは約束の地であり、四季それぞれの風景を描くことが出来る。

数分して2人の警官が近付いて来た。《彼らは私達に介入して来て、夫に言ったんです。ここに居てはいけません。》妻は続ける。《その訳を説明して、と夫は言い返そうとしました。でもどうしようもありませんでした。2人は夫を立たせました。夫は86歳です。夫にとって画架や用具一式を片付けるのは簡単ではありません。身体の調子が悪くなってしまいました。》

画家は全てを荷造りせざるを得ず、立ち去った。《全く不愉快です。》ドーラは説明する。《何十年とこんな事、彼に起きた事ありません。》彼女はこの町が変な方向に向かっているのが心配だと言う。ヴェネツィアという街だけが作り出す色の“スフマトゥーラ(色が次第に変化していく様、陰影、濃淡、明暗、暈し等の絵画技法)”の研究に、毎年夫は全世界の友人や画家達とヴェネツィアにやって来るのだと彼女は語る。オーストラリア、中国、アメリカ、イギリスからやって来るし、来週もこの町に上陸の予定である。

しかしこの出来事を考えるに、町で描くにはどうしたらよいか? 《今日までこうした問題は起こりませんでした。安全のための、あるいはそれに類した他の方策があるのかどうか、それは判りません。確かなのは、“音楽”が代わってしまったということです。》破壊に対する闘いに、誰も真面に向き合っていないようなのである。

他に50年間もヴェネツィアを描き続けてる人はいない。《やっぱりそこに帰ります。でもこの事件は私達に残念だった思いを残しました。》 」

何日か前La Nuova紙の記事に、サン・マルコ広場に大きな手提げ袋が置かれていると通報があり、広場から人々を排除し、爆薬処理班が赴き、処理したという報道がありました。何時間かの広場規制後、物件は観光客の忘れ物とされ、広場の規制が解かれたとありました。事ほど左様に、人の蝟集する広場などは常に警戒体制のようです。

暫く前、妻が年末から新年に掛けてヴェネツィアに行った時、12月24日サン・マルコ寺院を訪れると、右手の普段は開いていないドアが開かれているので、初めて入室して、見ました。めったに見る事が出来ないと思い、写真撮影は禁止なので、手にしていた雑記帳に、廻りの様子を写生していると、背後からトントンと係の人に肩を叩かれました。スケッチも駄目、見るだけだったのです。
  1. 2018/09/01(土) 00:03:45|
  2. | コメント:0
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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