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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

イタリア(ヴェネツィア)の風習: cicisbeo(チチズベーオ)(1)

G. ニッサーティ著『ヴェネツィア奇聞』(Filippi Editore Venezia、1897)に、Cavalieri Serventi(奉仕する騎士)の事が書かれていました。2013.03.09日のモーロ=リーン館でも一寸触れましたように、ヴェネツィアでcicisbeoとか、cavalier servente と称される青年の事です。イタリアのWikipediaから更に詳しく触れてみます。

「Cicisbeo あるいはCavalier servente とは、1700年代の非宗教的な通常の機会、パーティ、歓迎会、観劇等の折、貴族の貴夫人に付き添った貴族の青年の事で、人間としての責任において夫人をエスコートした。その機会とは化粧、文通、買物、訪問、遊戯等の折であり、1日の大半を夫人と過ごし、夫人を褒めそやし、午餐、夕食に傍近く着席し、散歩や馬車での遠出に近侍した。貴夫人は騎士のチチズベーオに対し、チチズベーアと言われた。

この言葉の語源は、チチズベーオ青年達の主たる楽しみとなる cicaleccio(ガヤガヤした会話)、cinguettio(お喋り)、chiacchiericcio(長話)を夫人との会話を楽しむ時の、その音声の擬声語と関係していると思われる。 」
……
「イタリアの幾つかの町でほぼ独占的に実践されていたこの風習は、この世紀を通じて、深く含意するもの全てを共示するものとして、深度深く、幅広くその風俗習慣に影響を与えた。最初夫が不在中の妻を守護する目的で生まれたとしても、社会に一般化していく要素が進行した。

サロンでの会話が有力となり、決定的なものとなっていくと、女性に対する役割として、チチズベーオは2次的な役割であったものが、女性に行動の自由と安全性を保障する、必要欠くべからざる役割となっていった。しかし社会的な声望が生まれると、チチズベーオを持たないことが逆に貴族の女性のスキャンダルともなった。結婚契約においては、貴夫人がcavalier serventeに対して権利を持つことが明示されており、それは事実多くの場合、彼女の愛人であったということでもあった。

事実cavalier serventeは社会的役割を果たしていた。夫人に尽くす関係は知れ渡っており、彼女の夫や家族との関係も良好で、結局夫人に対する義務を果たすという支援であった。それ以外にも知り合いの網を広げるということにも貢献し、貴族が自分の力を確保し、発展させるのに都合のいい関係であった。

この関係の利用は、貴族階級だけという狭いものであったが、偶には上流ブルジョワ階級のこともあった。その場合は、青年達が日曜日だけの奉仕に赴くということが頻繁であった。

こうした関係が始まった本来の理由の一つは、貴族の間では、好奇心も手伝って結婚契約で男女が組み合わされるという、その関係の利用、安定した秩序を作るということであった。だから夫婦関係とは、譬え仮定が良いとしても、多くの場合、真心がこもり、親愛の情溢れるものであったのであり、しかし熱情という面では、それに憑りつかれっぱなしの関係ではない事は当然予測されるものであった。

貴夫人とcavalier serventeとの関係は、近しい間柄ではあっても、配偶者の嫉妬は惹起しなかったのだが、しかしその事は、社会の目には嫉妬に狂う亭主とは世間の笑いものであって、無作法で料簡の狭い人間と見做されるだろう、ということであった。

Cavaliere は自分の役目を自由に全うし、貴夫人の部屋に近付き、夫人の手助けをし、どこえへも付き添った。夫人にとっては彼が社会生活の中で、評価される性格の持ち主であるということは基本的な事であり、それは彼の魅力、教育、機知、会話力、文化等である。何年も鍛えられた彼のカリスマ的能力が後ろ盾となって示すやり方を見れば、夫人より成熟した人間であったということは屢々であった。

その付き合いが正に非合法になっていくやも知れぬ、その親密さは突き進んでいく可能性があるが故に、多くの人は貴族の結び付き(結婚)で生まれた子供達の夫性に疑いを持つようになった。ある人々は結婚から初子の妊娠までの期間、長子の嫡出性が保証されるように、夫人がそうした社会的な機会から注意深く遠ざかるように交際停止期間を設けた。長男は姓名、称号、財産を相続したが故。

この考えは特例を除き、事実に立脚したものとは考えられないかも知れない。少なくとも資料の検討から推論出来るように、多くの場合、それが関連していたのは唯一の社会階級(貴族)だったのであり、基本的にこの制度が常に不倫と同義語であったとは、考えられないのである。 」
……
「1700年代の倫理的感情との同一化、そしてその解読ということは、現代の我々の評価と当時との間には、未だにその強い影響下にある1800年代のロマン主義が介在しているがため、複雑である。しかしcicisbeismo(チチズベイズモ。チチズベーオの風習)というものは、1700年代末には、突如終焉を迎えたのである。

全てを引っ繰り返した1800年代のロマン主義的情熱の礼賛と夫婦愛という新しい観念の湧出は、社会的に不都合とは思われず、寧ろ喜びと気品の源とされ、アンシャン・レジーム(旧体制)の主人役の陽気で潤色された社交好きを一掃したのだった。再発見された夫婦関係は、主人公の敵役の存在を許さず、公認されることもなかった。

cicisbeismoが消滅するのに貢献した終局的な要素は、フランス革命と、それに由来した、敗退した貴族階級の風習に比して、厳格且つ、如何なるものをも破壊しようとする共和国の倫理を作り上げたことである。その趨勢はナポレオン体制下で強化され、社会の中枢を占め始めたブルジョア階級が今や確立されていた故、いかに旧に復しようと暗躍しても、事を変える事は出来なかった。

最後の追撃は、リソルジメント(維新)の愛国者の行動による。国家統一運動は新しい価値を作り出し、時にはレトリックを行使したり、市民としての義務や犠牲を祝ったりしながら、決定的に社会規範の観点を変えたのである。 」
……
「チチズベーオと貴夫人、それを取り巻く社会環境に繋がって、行われていた状況は、多くの文学的背景として確立されている。自伝、書簡、著名な作家の作品や知られていない貴族階級の著作も、その輪郭を効果的に跡付けている。こうした観点から歴史的に熟視してみれば、期待せずとも、ご機嫌取りや軽薄な伊達男の服装で、思いも寄らぬ著名な人物が現れ出てくる。

ヴィットーリオ・アルフィエーリの回想録の中には、侯爵夫人ガブリエッラ・ファッレッティへの丸2年間に渡る“サーヴィス”についての文言がある。ピエートゥロとアレッサンドロ・ヴェッリ兄弟の書簡には、類似の状況についての文言が夥しい。彼らの弟ジョヴァンニ・ヴェッリは、ジューリア・ベッカリーアのチチズベーオで、実は彼がアレッサンドロ・マンゾーニの本来の父であるという主張を支持する、更なる要素がある。

チェーザレ・ベッカリーアその人もイタリア文化の他の超一流の人達も、劣っていた人物であったということ等あり得ない。この現象はイタリアに限られたものであったし、名のある旅行者の好奇心が引き起こしたことであったと思われる。 」
ジューリア・ベッカリーアベッカリーア著『犯罪と刑罰』いいなづけ[左、アンドレーア・アッピアーニ画『ジューリア・ベッカリーアと息子アレッサンドロ・マンゾーニ』(1790)、イタリアのサイトから借用]  チェーザレ・ベッカリーアは法学者で啓蒙思想家。『犯罪と刑罰』(1764)は名著、パリ12区に彼を記念したベッカリーア通りがあります。ジューリアは彼の娘、1782年にピエートゥロ・マンゾーニと結婚、1785年息子アレッサンドロ誕生。息子はミラーノからフィレンツェに移り住み、『いいなづけ』を執筆、近代イタリア語を確立したと言われています。

1700年代のチチズベーオを扱った劇作品には、ゴルドーニの『La famiglia dell'antiquario(骨董屋家族)』『Il festino(宴会)』、モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』、ロッスィーニのオペラ『アルジェのイタリア女』等があるそうです。
  1. 2018/10/04(木) 00:41:48|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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