イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

サン・ルーカ(あるいはサン・サルヴァトーレ)劇場(1)

リアルト市場に向かって更に前進します。ロッスィーニ映画館前の橋(P.del Teatro)を渡り、サン・ルーカ教会前でキエーザ運河通り(Fdm.de la Chiesa)を左へ行くと、直ぐにグリマーニ家の建物(Pal.Grimani)に突き当ります。現在ここは控訴院になっています。

右に折れ、直ぐ左折し、再び直ぐを右に折れてヴォルト通り(Cl.del Volto)を行くと、市庁舎脇の広いカヴァッリ(Cavalli)通りに出、左折すると、もうカルボーン運河通り(Riva del Carbon)で、右前方にリアルト橋が望めます。

この運河通りで3本目の横町カルボーン小路(Rm.del Carbon)へ右折し、劇場小広場(Corte del Teatro)を通り過ぎると、劇場または喜劇通り(Calle del Teatro o de la Comedia)に出ますが、直ぐ左の角が現在の演劇の専門館ゴルドーニ劇場です。
ゴルドーニ劇場[サイトから借用] この劇場の前身は、近くの教会名からサン・サルヴァトーレ(あるいはサン・ルーカ)劇場と呼ばれ、貴族のヴェンドラミーン家によって1622年建造されました。'52年には焼失、'61年にオペラに適した舞台と観客席を備えた劇場として再建され、ダニエーレ・カストロヴィッラーリの『Pasife(パジーフェ=パーシパエーは魔女キルケーの姉妹で、牛頭人身の怪物ミーノータウロスを産んだ)』を杮落しとして選びましたが、観客が台本を燃したりして騒ぎ、上演を妨害したため不成功に終わりました。

その後、アントーニオ・チェスティの『Dori(ドーリス、大洋神オーケアノスの娘)』(1663)とジョヴァンニ・レグレンツィの『世界の分割』(1675)は大成功でした。このチェスティのオペラは、フィレンツェで1661年に初演され、評判になったもののようです[アレッツォ生まれ(1623.8.5)の彼は、洗礼名ピエートロ、フランシスコ修道士としてアントーニオ、誤ってマルカントーニオ等様々に表記されるので混乱します]。

ウィーンで上演した、大変有名な『Il pomo d'oro(金の林檎―トマト?)』(1668)を書いた彼は、初期の『Orontea(エジプトの女王オロンテーア)』(1649)、『恋するカエサル』(1651)、『克己の人アレッサンドロ(アレクサンダー大王?)』(1654)とヴェネツィアで上演し、フランチェスコ・カヴァッリと並び、ヴェネツィア・オペラの双璧と見做されているそうです。その他、『Tito(ティトゥス帝)』(1666)、『Genserico(ジェンセリーコ=ヴァンダル王ガイセリック)』(1669)等がヴェネツィアで上演されたようです。

他方フランチェスコ・カヴァッリ(1602.2.14クレーマ生)は、サン・マルコ寺院楽長クラウディオ・モンテヴェルディの弟子となり、後年'68年には彼もそこの楽長に任命されました。そこに至るまでの間、『テティスとペーレウスの結婚』(1638)を皮切りに、40曲以上のオペラを作曲したと言われ、最も有名なオペラは『Giasone(ジャゾーネ=イアーソーン)』(1649)と言われています。

ヴェネツィアでは、サン・カッスィアーノ劇場で9作、この劇場が閉鎖されるとサンタポッリナーレ劇場、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パーオロ劇場などにオペラを提供し、サン・カッスィアーノ劇場が再開場されるとそこに戻りました。それ以外にも『恋するヘラクレス』(1660)をパリで上演するなどヴェネツィア以外のためにも作曲したようです。

フェルディナンド・ビビエーナの舞台装置が大変な評判になります。

1684年には何頭かの馬を舞台に登場させるために、木の階段が舞台に設けられるという噂が流れます。

1708年、音楽家のマルチェッロ兄弟(ベネデット、アレッサンドロ、3番目のジローラモ)が借りたボックス席の支払いのことで喧嘩になり、お互いに告訴をし合い、僅かの賃料のことで裁判官の前に召喚される事態となったそうです。

1742年歌手のロザンナ・スカルフィが、オペラ『アルタセルセ(ペルシャ帝国アケメネス朝の王アルタクセルクセス)』の中で初めてにして最後のヴェネツィア・デビューを果たしました。彼女はベネデット・マルチェッロが秘密にしていた妻で、彼の死(1739.7.24ブレッシャ)まで、ヴェネツィア・デビューは禁じられていたそうです。
  1. 2009/01/10(土) 01:01:23|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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