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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの夜間の監視隊

前回、ヴェネツィア国家異端審問官の事を書きましたが、同じ司法関係で“夜の紳士”と言われた、ヴェネツィアの夜間に街を警邏して歩く夜警の職務がありました。イタリア・ウィキペディアの《Signori della Notte》から紹介します。

「Signori della Notte/Signori di Notteは、ヴェネツィア共和国の二つの特殊な司法府の名称である。

一つは“刑事の夜警”で、12世紀には既に司法府の役職として明らかになっているが、人数としては2人となる前に、1260年からヴェネツィアの各区(カンナレージョ、カステッロ、サン・マルコ、サン・ポーロ、サンタ・クローチェ、ドルソドゥーロの6 sestieri)に一人で、6人であった。

最初その名前は、夜間に街で起こる全ての事を警備する専門家ということから始まった。間もなくその監視の権限が、盗み、人殺し、重婚、奴隷の肉欲、武器の携行、殴打、犯罪結社、放浪生活、強姦、夜間の踊り、ガレー船からの脱走、獄舎への滞納等と広がった。

責め具の部屋(Camera del Tormento)という総督宮殿内の一室に集合し、尋問と裁判は概ね夜間か夕暮時に行われた。
Supplizio di Corda[図はイタリアの一つの例、サイトから借用]  中でも、縄で縛り吊り下げるなどして責める拷問(supplizio della corda)に訴える可能性を予想させるものであるが、3人の裁判官は、容疑者の前に大きな窓に背を向けて登場し、その窓明かりからはその表情が能く見えないようにした。彼らの下した判決により、弁護院の代理人の手を経て、四十人委員会へ上訴することが出来た。

1544年から“民事の夜警”が設けられたが、それは刑事組織の権限の一部が移動したもので、外国の判決の適用、担保物件の売買、犯罪者や注意人物の告示、また祝祭日は働かない全ての司法府の代理をすること等であった。 」
  1. 2018/11/15(木) 05:58:05|
  2. ヴェネツィアの政治
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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