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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

11月21日: サルーテの祝祭

例年11月21日はマドンナ・デッラ・サルーテ教会の例祭です。ヴェネツィアの新聞Il Gazzettino紙は次のような記事を載せています。
canaletto madonna della salute[カナレット画『Ingresso del Canal grande』]  「 マドンナ・デッラ・サルーテ、総督の誓いを守るべく、何千もの巡礼者

3世紀以上毎年のように総督の誓いを信頼するために、今年もマドンナ・デッラ・サルーテ教会に何万の人が参詣した。それはヴェネツィア、メーストレ、更にイタリアやイストラ、ダルマティアのセレニッスィマ共和国の全領域の人々。サン・マルコの古い領土には、本日11月21日の時点で100以上の教会があり、マドンナ・デッラ・サルーテ教会へ巡礼行をするのである。

ヴェネツィアでは、クレタ島の現イラクリオン(Candia)からセレニッスィマの地に到来して崇拝されるマドンナ(聖女マリア)の聖母像“メゾパンディティッサ(Mesopanditissa)”の飾られる主祭壇の前で、総大司教フランチェスコ・モラーリャに祝福されるヴェネツィア最大の祭礼である。
Madonna[“メゾパンディティッサ(Mesopanditissa)”とは、1670年2月26日、総督となるモロズィーニ(この時の総督ドメーニコ・コンタリーニ)がクレタ島のカンディアから持ってきた聖母像で、サルーテの主祭壇の中央に飾られた物。]
サルーテ教会へのお詣りの浮橋。Alvise Zorzi『Venezia ritrovata』から借用[1939年以前のPonte votivo] 午前中から人の流れは途絶えることなく、大運河上に渡河用に設置された、伝統的な船橋(ponte di barche)を渡越し、サルーテの大バジーリカに向かう。深夜まで人の流れは途切れることなく続くだろう。 ……」

サルーテ教会の祭礼の始まりについてはヴェネツィア年中行事で触れました。この日には伝統料理“カストラディーナ”を食べます。

  1. 2018/11/22(木) 13:22:55|
  2. ヴェネツィアの教会
  3. | コメント:2
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コメント

こんにちは!

マドンナ デッラ サルーテ教会は、いつも遠くから眺めるだけで、内部をまだ観たことがありません。
カストラディーナも食べたことがないですが、今の時期、身体を温めるのに食べたい一品ですね♪
  1. 2018/12/02(日) 18:02:47 |
  2. URL |
  3. Makitalia #pRBFqBXo
  4. [ 編集 ]

コメント、有難う御座います。
私は2度このponte votivoを渡ってお参りしたことがあります。
中央祭壇に近付くと人々に押され、祭壇左を通って裏に回りそのまま
教会外に出てしまいます。そこからは美味しい物の屋台が両側に続き、
大変な人出です。この夜は道が狭いので、一方通行になっていました。
行きは奉納の蠟燭屋さん、お参り後の帰りはお菓子屋さんという訳です。
  1. 2018/12/03(月) 13:54:28 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #j9tLw1Y2
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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