イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

マリーア祭(1)

ヴェネツィアのカーニヴァルが近付きました。今年は2月14日から始まり、2月24日が皆こぞりて楽しむ最後の《懺悔の火曜日(martedi` grasso)》となります。因みに来年2010年は、4月4日が復活祭なので、2月16日がカーニヴァル最終日 martedi` grasso となるようです。

昨年2月のカーニヴァルの時、サン・マルコ広場の仮設の舞台で、6セスティエーリ(区)から2名ずつ選ばれた、12名のマリーエ[Marie⇒Maria の複数]の中から最終的に一人の Maria を選ぶコンテストがありました。このコンテストの基となった Festa delle Marie(マリーア祭)[この催しは今年もあるようです]の伝説が、前にも借用しました Armando Scandellari 著『ヴェネツィア伝説集(Leggende di Venezia)』(Edizione Helvetia)にありましたので、下手な抄訳を試みてみました。
『Leggende di Venezia』「1000年以上も前、ルースティコ・ダ・トルチェッロとブオーノ・トリブーノ・ダ・マラモッコがアレクサンドリアの寺院から危険を冒して盗み出してきた聖マルコの遺体が、ヴェネツィアに届いた記念日、1月31日に、ヴェネツィアでの結婚は伝統的に篤い信仰心の表れで、全てサン・ピエートロ・ディ・カステッロ大聖堂で執り行われたものだった。総督ピエートロ・カンディアーノ(2世か3世か明確でない)の時だった。

全6区からの12人の乙女達が結婚しようとする、正にヴェネツィアの国家的行事のその日、12人全員が教会に集い、装飾が施されたアルチェッラ(arcella)という櫃に婚資を入れ、12人の新郎も輝くようなお洒落で身を飾り、各花嫁の正面の身廊の向い側に横一列で並んでいた。

その日結婚式では、総督も夫人とともに素晴らしい王冠を被り、行政官や議員、貴族が居並び、貴婦人達は華麗に刺繍した絹の燃え立つようなマントを羽織り、その背後に感動してさんざめく大群衆が押し合いヘし合いしていた。

サン・ピエートロ・ディ・カステッロ大聖堂の司教と大聖堂参事会員が、この聖なる式典に参列しようとした将にその時のことである……。突如トリエステの海賊が聖堂に恐ろしい雄叫びを発しながら、凄まじい形相で乱入してきた。

その悪魔のような一団は、以前からずっとヴェネツィアの富を羨望しており、前日トレ・ポルティの海岸に1艘のブリガンティーンという帆船と1艘のガレー船でやって来て、更に密かにオリーヴォロ[カステッロ]島に着岸し、一晩中待ち伏せて待機しており、誰もそのことに気付いていなかった。何故なら、そんな企ては無謀過ぎ、狂気の沙汰だったからである。だから彼らはまんまと成功した。

不意打ちするや即逃亡、の手筈だったらしく、事は容易に成就した。ある者が武器もなしに、無駄な抵抗を試みても、あっという間に連中に薙ぎ倒され、恐ろしいばかりに地面に投げ出されることになる。連中は花嫁はもとより、全てを強奪し、三十六計を決め込んだ。そしてヴェネツィア人が我に返った時には、早、海賊は姿を消し、既に自分達の船に到達し、娘達も略奪品も積み終えていたのである。

老総督カンディアーノは怒りに震え、男達に直ぐ武装させ、何艘もの船を集めた。全員急ぎ手を取り合い、最速の船を選んだ。
[註: 貨物運搬用のカオルリーナが活躍したようです。毎年9月第1日曜日に催されるレガッタ(Regata storica)の、第3番目の競技で6人漕ぎのカオルリーナが登場します。政庁主導のレガッタは1300年頃の《マリーア祭》から始まったのだそうです]。

「ロープを解け!」。一瞬の内に帆が張られ、沖に出る。「捕まえろ、サン・マルコのために!」

その時、トリエステ人は略奪品と花嫁を分配するためにトレ・ポルティに停泊していた。そして大成功と確信していたので、最初、1艘の帆船、更に1艘、また更に1艘と船が現れたのを見ると、恐怖のあまり凍りついたようになり、遁走の前に貴重な時間を失っていた。ヴェネツィア人にとって幸運だったのは海賊船が2艘だったことである。」  (2へ続く)

[註: 年表では、この花嫁の誘拐事件は946/948年に起こり、時の総督はピエートロ・カンディアーノ3世(942~959在位)のようです。またPCの公式サイトを覗くと973年とあり、その場合はピエートロ・カンディアーノ4世となります]。
  1. 2009/01/24(土) 00:40:35|
  2. ヴェネツィアの伝説
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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