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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィア共和国総督: ルドヴィーコ・マニーン(1)

平成時代も残す処、十数日になりました。平成19年に始めたこのブログも平成時代は終焉です。そこでヴェネツィア共和国最後の総督、第120代ルドヴィーコ・マニーンについて、M.ブルゼガーン著『ヴェネツィア人物事典』(Newton Compton Editor、2006.11.)から紹介してみます。
『ヴェネツィア人物事典』「 ルドヴィーコ・マニーン(1725.05.14ヴェネツィア~1802.10.24ヴェネツィア)、総督(任期1789~1797)
マニーン家はアルティーノ(Altino)出身で、1297年以来ヴェネツィア在住である。各種の封土を獲得したフリウーリの地に1312年移住したと思われる。1651年はカンディア(クレタ島のイラクリオン)戦争という巨額の出費を要した時代で、10万ドゥカートの寄附でヴェネツィア貴族の仲間入りをした。

ルドヴィーコ・マニーンは1725年5月14日生まれた。父はルドヴィーコ・アルヴィーゼ、母はマリーア・バッサドンナ(下層)で、枢機卿の曾孫であった。5人兄弟の長男。ボローニャ大学に通学、サン・サヴェーリオ寄宿学校生だった。その間、彼が主張した自然権の命題の幾つかが印刷されて存在する。

公人としての人生が始まった時、直ぐに自分の物惜しみの無さ、誠実さ、親切心、特に裕福さに気付いた。26歳の時、ヴィチェンツァ、次いでヴェローナ、最終的にはブレッシャの行政・司法長官に選ばれ、ヴェローナでは1757年の洪水に遭遇した。1764年サン・マルコ財政官最高位に任命された。1787年教皇ピウス6世に敬意を表すべく選ばれ、その間ヴェネツィアの領地を越えていき、教皇は彼を騎士に任命し、数多くの精神上の特権を与えて彼に酬いた。

彼は虚弱ながら、慈悲深い女性、エリザベッタ・グリマーニと結婚し、彼女から4万5千ドゥカートの持参金を得た。

総督パーオロ・レニエール没により、ルドヴィーコ・マニーンの名前は直ぐに、特に彼の富と国家の悲惨な財政状態のために最も知られる名となった。事実ヴェネツィアでは、総督とは巨額の公的資金により対策を講じる必要があったのである。前任者もその死に際して、ルドヴィーコが選任されると予測していたようである。その彼は総督としての威厳を維持する能力なしと自覚していた。候補者が適任と理解するや、自分の立場を守ろうとした。最初は、その一族が貴族となったのは最近だとして、見守っていた。だから総督職に選ばれるのは似つかわしくないと。そして彼を選ばないよう、選挙会で涙を浮かべて嘆願した。しかし最初の決戦投票で、41中28の賛成票で選ばれてしまった。

当時流布した一般的な歓呼の声の中に、ヴェネツィアで最古の家系の一家の一つであるピエートロ・グラデニーゴの発した有名な文言がある。《i ga fato doxe un furlan, la republica xe morta!》(選挙人達はフリウーリ人を総督に選んだ。共和国は死んだ!)

選挙結果が彼に齎された時、彼は気分が悪くなり、ベッドに横にならざるを得なかった。妻は彼同様に内気で、夫の叙任式に出席したくなかった。

当選を盛大に祝うパーティには莫大な費用が掛かった。サン・マルコ広場をいつものように回る時には、新任の総督は群がる民衆にお金を振り撒くのであるが、ルドヴィーコ・マニーンは金貨だけを撒き、彼に従うお付きの者には銀貨を投げさせた。

行列がゆっくり進み、出来るだけお金が投げられることを願った。お祝いに要した総費用は50万リラで、共和国の4分の1以下ではあったが、総督の財力では最大の費用が使われた。 ……」 (2に続く)
  1. 2019/04/14(日) 02:47:11|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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