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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの18世紀(3)―その1

ヴェネツィアについて書いた本に、クリストファー・ヒバート著『ヴェネツィアVenezia』上下(横山徳爾訳、原書房、1997年5月10日)というのがあります。私の関心のある18世紀について、次のような事を述べています。
ヴェネツィア上ヴェネツィア下「……旅行者の数は年ごとに増加した――ドイツ人、フランス人、ポーランド人、スペイン人、とりわけイギリス人である。実際レイディ・メアリー・ワートリー・モンタギューが選んだ言葉を使えば、イギリス人は定期的な『洪水のように殺到した』。彼女は一七三九―四〇年に、そして一七五〇年代と一七六〇年代にヴェネツィアで数か月を過ごしたが、グランド・ツアーの途中に謝肉祭(カルネヴァーレ)に合わせてお供の家庭教師とともにヴェネツィアへ到来する同胞青年たちの行状を腹にすえかねていたのである。」
……
「外国人向けにはおびただしい数の快適な下宿(ペンシオーネ)があり、すばらしいホテルもいくつかあった。そのなかには《国王》屋(アルベルゴ・レアーレ)、《フランスの紋章》屋(スクード・ディ・フランチャ)、《イングランド女王》屋(レジーナ・ディンギルテッラ)、《騎士道》屋、《乙女》屋(ドンゼッラ)、《三人の王様》屋(トレ・レ)、《白獅子》屋(レオン・ビアンコ)などがあり、最後のホテルには一七六九年に皇帝ヨーゼフ二世がお忍びで、一七八二年にはロシアのパーヴェル・ペトローヴィチ大公が滞在した。これらすべてのホテルで食物はおいしく、一八世紀が経過していくにつれて食事は高価になったけれども、イタリアの他の都市に比べると値段は高くなかった。」
……
「《ヴェネツィアで見られるような、あらゆる種類の、数多くのすばらしい祝祭、式典、民衆の娯楽はヨーロッパのどこにもない》と、あるフランス人の旅行者は書いている。催し物には、往古の繁栄を記念するためばかりでなく旅行者を引き寄せる意図があったが、毎年恒例の行事もあり、必要に応じて催されるものもあった。統領(ドージェ)の選挙は歳月が経過しても華麗さを少しも失わなかった。

マルカントーニオ・ジュスティニアンの後任としてフランチェスコ・モロシーニが統領に選ばれたときには、儀典用御座船(ブチントーロ)に盛装した役人や貴族がおおぜい乗り込み、同じように入念に飾りたてた小型船を何十隻も従えて、リード島に向かった。

そこでは新統領が御座船の到着を待ち受けていた。彼は御座船で運ばれて小広場まで戻り、大きな凱旋門の下を通過して、周囲で海豚が口から葡萄酒を貝殻のなかへ吹き出しているネプトゥーヌスの像のそばを歩いて、窓から大きな幟やダマスク織りが掛けられている統領宮殿(パラッツォ・ドゥカーレ)へ近づいた。巨人の階段(スカーラ・デイ・ジガンティ)を上りつめたところで戴冠されることになっていた。祝典は三日間続き、街路に出た民衆は仮面をつけ、客人たちが舞踏会や晩餐会、賭博パーティ、仮面舞踏会に参加するために邸館のなかへ姿を消した。」……
ナーニ館での宴[『ナーニ館での宴』―Clemens August von Köln。カ・レッツォーニコ館蔵。サイトから借用]
「一七〇八年のデンマーク・ノルウェー国王、一七四〇年のポーランド国王、一七六四年のヨーク公、一七六七年のヴュルテンベルク公、一七七五年の皇帝ヨーゼフ二世、一七八二年のロシアのパーヴェル・ペトローヴィチ大公と教皇ピウス六世、そして一七八四年のスウェーデン国王の訪問は、すべてこのような祝典によって祝われた。一七五五年の、ケルン大司教・選帝侯であるバイエルン公クレメンス・アウグストの訪問は、ジュデッカ島のパラッツォ・ナーニで催された豪勢な宴会によって注目され、この宴会はピエトロ・ロンギの流派に属する画家によって描かれている。」 (その2に続く)

  1. 2020/02/01(土) 15:15:37|
  2. ヴェネツィアの歴史
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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