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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

伊語版Wikipedia“Peste nera(黒死病)”―2

(続き)
「 黒死病前史と流行病に対する社会的自覚

14世紀の人々は予防法とか治療法といった考えを所持していなかったが、疫病の流行といった概念については能く知っていた。即ち、過去のペストの大流行は、旧約聖書申命記32章23~24節で、《我禍災(わざはひ)をかれらの上に積かさね、吾が矢をかれらにむかひて射つくさん。かれらは餓えて痩おとろ熱の病患(わづらひ)と悪き疫(えやみ)とによりて滅びん……》と書かれ、既に知っていた。
トゥーキュディデース[トゥーキュディデース像、ウィキペディアから借用] 歴史家トゥーキュディデースは彼の『ペロポネーソス半島戦史』の中で、対スパルタ戦の年月の間(Bc431~404)、アテネを襲ったペストについて記述しているが、そのペストがアテネの敗北の原因となったと推測している。トゥーキュディデース以外にも、多くの古代の作家達が疫病の流行について記述している。ガレノス(Galeno)、コス島のヒッポクラテス(Ippocrate di Coo)、プラトーン(Platone)、アリストテレース(Aristotele)、エフェソスのルフォス(Rufo di Efeso―医師)等。

ヒッポクラテスやガレノスのような医師は、その原因が四体液説により人体のバランスを崩す大気中の毒である、空気の瘴気の中にあると言っている。しかし誰も疫学というものの概念がない上に、人間間での感染性については認識していなかった。

歴史家カエサレアのプロコピウスが詳細に記述したように、紀元541年コンスタンティノープルは所謂“ユスティニアヌスのペスト”(ユスティニアヌス1世在位527~565)に襲われ、ビザンティンの首都で人口の約40%が死滅した後、疫病は約750年頃まで全地中海地域に波状攻撃を繰り返し、5000万~1億人の死者を生じさせた。故に史上初の“パンデミック”と考えられるに至った。

590年ペストが初めてローマにやって来た時、伝説は大天使ミカエルが顕れて、大聖グレゴリウス(グレゴリウス1世)の願った贖罪の行列のお陰で、ペストの侵入が止まったと言っている。

イスラム世界も流行病から免れてはいない。ヒジュラ(遷都―Egira)以来、5回のペストが知られている。“シーラワイフ(Shirawayh)
のペスト”(627~628)、“アムワス(Amwas)のペスト”(638~639)、“大(violenta)ペスト”(688~689)、“処女の如き(delle vergini)ペスト”(706)、“特筆すべき(notabili)ペスト”(716~717)である。

14世紀の人々は天然痘や麻疹のような感染症が存在することを認識していた。しかしこういう状況を生き延びた人々は人生の残りの間、免疫された状態だったので、感染症というものから子供達は例外的に免れているのだと考えていた。その上、人間間の感染の可能性の認識はなかったので、伝染病というものは個人にのみ関与するものであるとし、その病気が伝染するものであるということは何も知らなかったのである。……」 (3に続く)
リアルト橋rialto tricolore[左、ロックダウン下のリアルト橋、右、トリコローレのリアルト橋(サイトから借用)――昨日の新聞によりますと、ヴェーネト州のルーカ・ザーイア知事は5月4日には商店等の再開をしたい旨を表明されています。それに呼応したように、ヴェネツィア・リアルト橋にイタリアの三色旗の色が照射されました。イタリアに漸く春本来の陽光が差し始めたかのようです。またWikipediaに《感染症の歴史》という項目があります。大変参考になります。]
  1. 2020/04/18(土) 00:02:01|
  2. 疫病
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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