イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアのカーニヴァル(2)

ヴェネツィアは年間2100万人の観光客が訪れ、その内1500万人は日帰り客なのだそうです。この71%強の日帰り客は、ヴェネツィアにとっては余り歓迎したくない客(?)と思われる節が窺えますが、全観光客が宿泊出来る筈もないと思われます。

日本に到来する外人観光客は、年間835万2千人(2008年――過去最高だったそうです)で、この数字からすれば、あの小さな島に莫大な数の観光客が蝟集しており、ヴェネツィア人がもうこれ以上観光客は不要と言っている気持も推察出来ます。

しかしホテル代等値上がりが激しく、昨年のカーニヴァル時の新聞は、ホテルの空きが目立つのはホテルの料金値上げが酷過ぎる故だと書いていました。

私が初めてカーニヴァル時期イタリアを旅した時、ヴェネツィアに入る前日はカステルフランコで宿が見つかりました。翌朝出発時、宿の人に「今夜の泊りはどこか」と尋ねられ、ヴェネツィアと答えると、「宿が取れなかったら、ここが空いているから帰ってきなさい。毎日ここから電車で通ったら」と言われました。

カーニヴァル期間中ヴェネツィアで偶々逢った人達が話してくれたのは、この時期ヴェネツィアの宿泊料は大幅に値上がりするし、通常の料金の宿は本土側でしか見つからないから、今回はパードヴァに宿を取ったとその若いアメリカ人達は言っていました。しかし本土側の宿では楽しさが半減します。

近年サン・マルコ広場に銀色のプレートに臙脂色の文字で、広場での禁止事項を書いた看板が何ヶ所かに置かれているのを目にします。次の四ヶ条です。

●水着姿や美観を損ねる姿、また辺りを汚す行為
●地べたに座ること、腰を下して食べること、ゴミを捨てること
●自転車やスケートの使用、スポーツ行為、その他危険な行為
●音を出すラジオのような機械や拡声器等でボリューム・アップすること

1980年代末、サン・マルコ広場でピンク・フロイドの野外ロック・コンサート公演が許可され、若者達が30万人も集まったのだそうです。私がその記事を読んだ時、危惧したのはトイレ施設等の設置のことでした。その翌日、広場周辺は勿論のことヴェネツィア中がゴミ箱の中の有様で、自然環境保護主義者達からの抗議の声は何ヶ月にも渡って続いたそうです。

昨年11月のアックァ・アルタ(高潮)の時はヴェネツィアの友人が、これを見てどう思うか、と次のようなサイトをメールで送ってくれました。
http://magazine.libero.it/videotormento/crazy/fare-surf-a-venezia-ne9085.phtmlサン・マルコでサーフ
アックァ・アルタのサン・マルコ広場でオランダの青年がサーフィンをする光景がPC上のビデオに映されていましたが、2013.04.25日確認するとそのサイトは既に削除され、You tube に移されています。

カーニヴァル中サン・マルコ広場では砕けたガラス瓶やペットボトル等の芥を多数見かけます。それを毎日緑の清掃の人達が集め掃除している筈です。昨年2月アパートを借りた時はまだゴミの分別収集は行われていませんでした。狭い道で一軒一軒の玄関前から、手押しの芥収集車にゴミ袋を集めて回り、太鼓橋を渡る人達の苦労を見ると、ヴェネツィアは大変だと思います。ナーポリ民謡等を声高に歌って仕事をこなしている陽気な人を見るとほっとしました。ついボンジョールノと声を掛けてしまいました。

ヴェネツィアのカーニヴァルは10日間は続きます。この期間中、上記の禁止行為の看板など気にした人はいたのでしょうか。観光立国のヴェネツィアは色々な問題や矛盾を抱えていると思われます。
サン・マルコ広場の舞踏いずれにしても祝祭のエンディングは、もの皆踊りで終わった、に違いありません。
  1. 2009/03/14(土) 00:00:20|
  2. ヴェネツィアの行事
  3. | コメント:2
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コメント

ヴェネツィアに行く前はどういうわけか、いかにこの町が汚いかということをあちこちで強調されて来ました。ところが来てみると、町の隅々まできれいに清掃されていて、汚いという感じはまったく受けませんでした。
ヴァポレットの回数券を買ったのに、3日間ついに一度も検察が無く、なんだ、これならタダ乗りができたのに、と思ったのを覚えています。
  1. 2009/03/19(木) 02:06:51 |
  2. URL |
  3. september30 #-
  4. [ 編集 ]

september30さん、コメント有難うございました。
ヴェネツィアの建物の壁面は、漆喰などが剥がれ落ち、汚らしい街という印象を
受けますが、緑の清掃の人達が毎日活躍している姿は目にします。ゴミの分別が
始まると大変だという印象は受けます。
初めてアパートを借りた時はサン・サムエーレ停留所傍でした。ここには切符売場
がありませんでしたので、無賃乗船をしたことがあります。次第に訳が分かってきて
車掌さんに言えば、船上で発券してくれることが分かりました。船上で、検札で
捕まった人を何人も見ています。


  1. 2009/03/19(木) 09:37:50 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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