イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――ヘンリー・ジェイムズ(1)

イギリス映画『鳩の翼』(監督イアン・ソフトリー、1998)を見て、早10年も経ってしまいました。この映画を見た時、アメリカ娘ミリーと英国の新聞記者デンシャーが、ヴェネツィアのカーニヴァルの時、地元の人々と輪になって踊る熱狂的な群舞のシーン(多分サンタ・マリーア・フォルモーザ広場で撮影された?)は、かつて見た映画の中で最高にヴェネツィアへの思いを謳ったものという印象を抱かせました。
ヘンリー・ジェイムズ[サイトから借用] ヘンリー・ジェイムズ(1843.4.15ニューヨーク~1916.2.28ロンドン)の原作『鳩の翼』ではヴェネツィアでの場面は、全10部の内、2部が充てられており、彼のイタリア旅行記『郷愁のイタリア』(千葉雄一郎訳、海外旅行選書、図書出版社、1995年2月28日発行)を読むと、彼のイタリア、とりわけヴェネツィア好きが伝わってきましたし、映画では殊に細かくヴェネツィアが描かれていました。

講談社文芸文庫『鳩の翼』(青木次生訳、1997年10月10日発行)からヴェネツィアの場面を引用してみます。
『鳩の翼』「……この会話は、広い気軽な談話室、磨き上げた床に青天井の快適な部屋とでも言いたい印象を持ち、語り合うのに常に申し分のないサン・マルコ広場の中央で交された。もっと正確に言えば、中央ではなくて、大きな回教寺院に似た教会を出たあと、二人が言い合わせたように立ち止った場所、と言うべきかも知れない。

円屋根と尖塔を持つその教会は、二人の少し後方にそびえ、前方には大きな閑散とした広場がひろがっていて、その周囲を取りかこむアーケイドの辺りをのぞけば、行き来する人々の動きは見られなかった。

ヴェニスは今朝食の時間で、観光客が出歩く時間でもなく、年中続いている祝祭気分のおこぼれをしきりについばんでいる幾群れかの鳩のほかには、二人の視野を遮る物は何一つなかった。……」  ――第八部から

「……赤い四角な大理石を敷きつめた回廊の部分も塩水の飛沫をあびてうす汚れていた。品位あふれる構想と細部の美を誇る広大で優雅だったサン・マルコ広場そのものが、いつも以上に巨大な応接間、不運に見舞われて落ちぶれ、辱められ途方に暮れているヨーロッパの応接間を思わせた。

ななめにかぶった帽子や、だらりと垂れ下がった上着のだらしない袖が仮装舞踏会の憂鬱な踊り手を連想させる男たちと、彼は肩を触れあった。

カフェーから広場に溢れ出していたテーブルや椅子は、見かけだけはなおも客待ち顔にアーケイドの中に集められ、ここかしこで眼鏡を掛けたドイツ人がコートの襟を立て、人眼にさらされながら食事をとり瞑想にふけっていた。

デンシャーはまたこうした光景に眼をとめなかったわけではない。しかし広場を三周したあとではじめて、急に、フロリアンのカフェーの前で彼は強く注意を惹かれて立ちどまった。彼の視線はカフェーの中のある顔をとらえた――」  ――第九部から 
  1. 2009/04/04(土) 00:04:43|
  2. ヴェネツィアに関する言葉・文学
  3. | コメント:2
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コメント

この記事を読んだあとでさっそく「鳩の翼」 借りてきて見ました。家内は前に見ているけれど私は初めて。
ヴェネツィアの美しい情景(と衣装)にふたりでため息をつきながら、物語に引き込まれて最後まで一気に鑑賞しました。
「悲しいHappy Ending] そんな言葉がありますかねえ・・・
  1. 2009/04/15(水) 22:39:23 |
  2. URL |
  3. September30 #-
  4. [ 編集 ]

september30さん、コメント有難うございました。
『ねじの回転』くらいしか知らなかったジェイムズのこの作品を映画で見て、
悲しいけれど、美しい物語が展開するヴェネツィアという町が、一層好きに
なりました。
彼は『郷愁のイタリア』の中で、度々ジョン・ラスキンの事に言及しています
が、プルーストもラスキンの影響を受けていますよね。ラスキンがヴェネツィア
滞在中の建物をザッテレ海岸通りに見付けました。碑盤が張ってありました。
  1. 2009/04/16(木) 04:26:43 |
  2. URL |
  3. ペッシェクルード #/plE8HKU
  4. [ 編集 ]

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Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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