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イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

ヴェネツィアの民話: 魔女と黒猫

下のような2ユーロ硬貨をご覧になったことがありますか。硬貨に刻まれた年号から、2017年にヴェネツィアで催された事に関する硬貨ではないかと思われます。サン・マルコ寺院が刻まれています。何かをを記念したのでしょうか。
2ユーロ、表2ユーロ、ヴェネツィア[左、2ユーロ表、右、その裏面――表のユーロ地図はイギリスが抜けたので、変更になるでしょう。]

以前にも紹介した事のあるM. ブルゼガーン著『ヴェネツィアの神話と伝説』(Newton Compton editori、2007)から、《La strega e il gatto nero(魔女と黒猫)》を紹介します。
ヴェネツィアの神話と伝説「サンタ・マルタ地区に住む若い船頭の話である。長年働き、苦難の末、ある額の貯えをすることが出来、若い恋人と結婚することが出来たのだった。まる1年も経たずにこの結婚で、可愛い男の子を授かった。若い二人は幸福至極となり、この神からの授かりものを地上の最後の赤子でもあるかのように、可愛がり、キスし、腕で抱き締めた。

しかし半年経った時、子供は具合が悪くなり、少しずつ容態が悪化し、死に至った。

この若い両親の悲しみ、息子を失った苦悩、尽きせぬ涙は想像に難くない。幸いなことにその悲しみは三月も続かず、若い妻は再び妊娠した。出産は滞りなく進み、可愛い次男が誕生し、長男の死という悲しみを忘れさせた。残念な事に6か月後に病が起こり、この幼い命は尽きてしまったのである。

母親は更なる命の喪失の苦しみのため、丸で気が狂ったようになったが、夫が直ぐに慰撫した。しかし時は進み、若い妻は再び身籠り、三男が生まれた。この子も可愛く、愛らしかった。二度と葬式はしないようにと、息子の世話には時を惜しまず、育児に全力を尽くした。それ故、息子を独りにするということは殆どなかった。睡眠時のみが母親の気の休まる時であり、また家の事や家族の事に携わった。

しかし限りなく注意を払っていたにも拘わらず、この度も充分でなかったのか、この三番目の息子が6か月を経た時、衰弱を始めたのである。恐怖に襲われて気が違ったようになった母親は息子を助けるべくあらゆる手段に全力を尽くし、評判の医者を呼び、可能な限りの薬を飲ませ、持てる全財産を使った。しかし子供は回復しない。

見誤るような事態にならないよう、揺籃の傍に敷いた藁布団の上で縮こまったように、子供を見守りながら夜を過ごした。ある日の真夜中、子供が泣くのを聞き、眼を開けてそちらを見ると、揺り籠に黒猫がおり、猫は気付くと直ぐ様部屋の外に逃げて行った。

妻は直ぐに夫を呼びに行って、その不思議な出来事を知らせた。漁師はその話にうんざりしたが、何が起きたのかよく知りたいと思い止まって、次の夜、子供を隠して様子を見ようと決めた。

こうして次の夜、用心のために暖炉からよく尖った焼き串を用意した。丁度真夜中、子供が泣くのが聞こえた。見ると、黒猫が揺り籠にいた。で、焼き串を摑むと怒りに任せて猫に襲い掛かった。猫は揺り籠から跳び下りて、電光石火逃げ出した。獣は余りにも素早く、何も出来なかった。ただ焼き串を投げ付けると左の前肢を擦っただけだった。

翌朝若い妻が子供の様子を見に行くと、明白に良くなっているのが見て取れた。喜んで、仕事に出掛けようとしている夫にその事を告げた。その後隣のアパートに住む姑(madonaヴェ語=suocera伊語)の所に行った。大声で姑を呼んでも、返事がない。更に呼び、ドアを何度も叩いた。すると奥から非常に微かな声が聞こえ、調子が悪いから帰ってと答えた。

ちょっと心配になり、若妻はその言葉を無視して、中へ入ると姑はベッドで上掛けを顎の下辺りまで引いて寝ていた。もっと上まで上掛けを引き上げるように勧めたが、動く気配はなかった。おやつを置いたが、敷布の下から手を出そうともしない。昨夜の事を話しても喜ぶ気配はなかった。若い女は到頭姑を独り残して、立ち去った。

昼食に夫が帰宅した時、若妻は彼にお母さんの具合が悪くて、何も食べないし動こうともしないと言った。二人は家を出ると、母親のアパートに行った。挨拶をして、具合はどうか尋ね、スープを差し出した。しかし母親は動こうともせず、寝床から腕も出さなかった。若い夫は普段にないこの態度に不審を抱き、突如母親の上掛けを剥ぐった。と、病人の左手は血で汚れた襤褸切れで包まれていた。

《ここ、どうしたの? 何が起こった?》母に尋ねた。《何でもないよ、怪我しただけ》彼女が答えた。《見せて》こう言うと母の手の包帯を剥がした。

ビックリ仰天だった。腕の傷は鋭く尖った物で抉られたように深く、煤けた煤煙で汚れていた。《悪魔の女! もう判ったぞ。俺の息子を二人も殺したんだ》

もう母親を絞め殺さんばかりった。しかし女の涙と哀願で、結局出来なかった。結局、この女は今まで自分の母であったし、能く知られているように、やって来た事を再度やることは二度とないだろうからである……見付かった魔女は二度と妖術を使うことは出来ないのだ! 」
 ――M. ブルゼガーン著『ヴェネツィアの神話と伝説』から
  1. 2020/12/29(火) 20:49:14|
  2. ヴェネツィアの伝説
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手を知ったヴェネツィアを先ず訪れて、イタリア各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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