イタリア、とりわけヴェネツィア(Italia, soprattutto Venezia)

ヴェネツィア偏愛、時には脱線。

文学に表れたヴェネツィア――アンリ・ド・レニエ(1)

アッカデーミア美術館前から税関岬(Punta Dogana)に向かって、大運河に沿った道、ノーヴァ・サンタニェーゼ通り(Cl.Nova S.Agnese)を行くと、途中トレゼーレ運河(Rio de le Toresele、伊語Pietre Bianche運河とも)沿いのヴェニエール・デイ・レオーニ運河通り(Fdm.Venier dei Leoni)からグッゲンハイム(ヴェネツィア人はこんなドイツ風の発音はしないようです)美術館前を通り、サン・クリストーフォロ橋(Ponte S.Cristoforo)を渡った所が、バルバロ小広場(Cpl.Barbaro)です。

この広場の大運河側には、ダーリオ館(Pal.Dario)があり、その庭の小広場に面した壁面にフランスの詩人・小説家アンリ・ド・レニエ(1864.12.28カルヴァドスのオンフルール~1936.5.23パリ)がこの館に滞在したことを示すプレートが掲げてあります。当時この館は、ド・ラ・ボーム伯爵夫人が新しい所有者になっており、そのサロンにフランスの文学者達が足繁く通ったのだそうです。
ダーリオ館裏のレニエのプレートド・レニエは1899年以来何度かこの館に滞在し、ド・ラ・ボーム伯爵夫人のサロンの常連の一人として、ヴェネツィアを歌った詩・散文詩作品があります。題して『水都幻談』、同作品は近年『ヴェネツィ風物誌』として新訳も出ました。
『世界名詩集大成』3巻 フランスⅡ「 序詩
大運河の、あやなす小運河の
水は、緑、青、銀にして、
われらへめぐりぬヴェネチアの町を
サン=マルコ寺よりアルセナレかけて。

入江の風つよければ
おお、ドガナ・ディ・マアレの岬よ、
われは見き、汝が風見の
いとやすやすと廻れるを。

アドリア海を吹きくる風の
軟風なれ、熱風なれ、
われは汝が指さすままよ、
フジナなりとマラモッコなりと。

画舫(ゴンドラ)は屋形のかげにわれらを揺すり、
へさきなる刃はそが腕もて
しじまを切りつつ進む、
潮風に眠れるしじまを。

エスクラヴォンが河岸(かし)の上、
日は甃石(しきいし)をあたためぬ。
汝が迷路も曲がり角も、
ヴェネチアよ、われらことごとく知れり。

水は光りて、なめいしは裂け、
櫂と櫂とは相呼び相応えたり、
レッヅォニコ宮の上、
すずしき影をすぎ行けば。」
  ――『水都幻談』(青柳瑞穂訳、『世界名詩集大成3巻フランスII』、平凡社、昭和37年4月1日)より
  1. 2009/05/23(土) 00:01:54|
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ペッシェクルード(Pescecrudo)

Author:ペッシェクルード(Pescecrudo)
初めてイタリアに行ったのは1994年、ヴェネツィアには即一目ぼれ。その結果、伊語会話勉強のためにヴェネツィアの語学学校に数年間の間、何ヶ月にも渡り通いました。
その後勝手知ったヴェネツィアを先ずは訪れて、各地にも足を伸ばしています。
東京に住んでいるので、憧れのヴェネツィアについて何かしら触れているとヴェネツィア気分で楽しいのです。

*図版・写真はクリックすると拡大されます。

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